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モデルのタチアナ・ヴァシリエーナ・エンゲルハルト(1769—1841)は、軍人で政治家のG.A.ポチョムキン(1739—91)の姪である。彼女はロシアの女帝エカチェリーナ2世(在位1762—96)の籠愛を受けていたといわれる。1791年に前夫が死亡したため、その2年後にロシアの大地主で元トリノ大使のニコラス・ボリショヴィッチ・ユスーポフ公爵と再婚した。資産家であるこの二人が結ばれたことで、ユスーポフ公爵夫人はロシアで最も裕福な女性の一人となった。芸術に対する鋭敏な感性に恵まれた彼女は、長年にわたって文学サロンを主宰し、そこには詩人のデルジャーヴィンやプーシキンなども通っていたという。
作者のヴィジェ=ルブランは18世紀のフランスで最も名をなした美貌の女流画家で、ヴェルサイユの宮廷で王妃マリー・アントワネット付きの宮廷画家として活躍した。1789年に勃発したフランス革命の後は、その余波を逃れて、ロシアをはじめ欧州の各地を遍歴し、その地で絵を描き続けた。ロシアに滞在していた1795年から1801年の間には、ロシアにおける最も大切なパトロンの一族であったユスーポフ家から多数の肖像画の注文を受けた。
公爵夫人の肖像画は、本作以外にも、1790年にナポリで(ジャックマール・アンドレ美術館蔵)、1796年にサンクト・ペテルブルクで(ルーヴル美術館蔵)と2回描いているが、本作は彼女のロシア滞在中の作品群のうちでも傑作といわれているものの一つである。この絵は、同世代の新古典主義の画家ジャック・ルイ・ダヴィッドの厳粛で質朴な女性像よりは、ダヴィッドの師で一世代前のロココ的な画家ジョゼフ=マリー・ヴィアン(1716—1809)の作品に共通点があるように思われる。
この絵では、美しい貴婦人がバラ園の中で、大理石の台座によりかかるようにして腰を下ろし、手に持った花の冠にリボンを編み込んでいる。幾つかのピンクのバラが結び付けられた透明なカーチフが、彼女のブロンドの巻き毛に編み込まれている。薄い紗のような下衣に、胸まであるシースを身につけている。古典的な模様が縁どられているマントの暖かみのある赤とドレスの白がほどよい対照となっている。輪郭線の柔らかさ、絵画的な効果、明るく刺激的な色調、牧歌的な背景などは、この繊細で魅力あふれる肖像画が、「古典的」というよりは「ロココ調」であることを物語っている。

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