「客観的な描写を重視しなかったため、大抵描かれた本人に気に入られず、破り棄てられたこともあった」という、天衣無縫の長谷川の作品としては非常に清澄な麗しさと落ち着いた雰囲気を持つ少女像である。また、カンヴァスの表面がごつごつと随所で盛り上がっているため、当美術館では1989年にこの作品を赤外線写真によって撮影し、この少女像の下に別の絵が隠されていないかどうか調査しているが、結果は、なにも浮かび上がってこなかった、というものであった。ビスケットやタバコの箱、ガラスなど身の回りのものに手当たり次第に、描きたいという衝動の湧き起こるがままに描き続けたという画家なれば、人からもらい受けたカンヴァスか、あるいは過去に描いた作品を一度塗りつぶして、新たに少女の絵を描いたではないか、と推理させるような表面の荒れ具合を示しているのではあるが。
白を基調に青や赤、黄色の奔放な線で対象を描き出すという、典型的な長谷川作品の要件を満たしておりながら、この時期の前後の裸婦像に比べて、非常にデリケートな筆の運びとなっており、それが均整の取れた顔立ちも含めて、この作品の主題となっている「少女」の清らかさ、あるいはこの作品を描いた時の画家のこころの安らかさを感じさせ、長谷川作品全体の中でも極めて異彩を放っている。