ベルトルト・コンラート・ヘルマン・アルベルト・シュペーアは、ドイツ国の建築家、政治家。アルバート・シュペーア、アルベルト・シュペールなどとも表記される。アドルフ・ヒトラーのお気に入りの建築家であり、国家社会主義ドイツ労働者党の主任建築家となり、党大会会場などの設計を行った。1937年には首都建築総監となり、新首都計画のための権限を掌握した。1942年から軍需大臣を務め、第二次世界大戦におけるドイツ経済に大きな影響をもたらした。終戦後、ニュルンベルク裁判では有期刑の判決を受け、釈放後はナチス時代の証言者として広く知られた。しかし没後の研究では証言の信憑性に疑問が持たれている。