沿革・由来
樺細工は、秋田県仙北市角館町に伝わる山桜の樹皮を使用して作られる工芸品である。

樺細工の発祥については、阿仁地方の神職である御所野家より天明年間(1781-1788年)に角館の佐竹北家家臣である藤村彦六へと伝わったのが始まりとされる。

文化年間(1804-1818年)に藩主の庇護を受け、下級武士の手内職として印籠・胴乱が作られ発展し、藩主から贈答品としての注文や胴乱が他藩へ輸出されるなど、次第に全国へ浸透した。

明治時代(1862~1912年)に入ると、禄を失った武士が職人となり本業にすることで、主に胴乱を生産し、さらに「たたみもの」や「木地もの」と呼ばれる新しい技法が開発され現在の樺細工の原形になった。

明治末期には、小野東三がさらに樺細工の技法を完成させたほか、職人の育成や地位向上につくし、樺細工工業の定着に貢献した。

鞘入り三段印籠
江戸後期  藤村 彦六 作

金皮四段印籠
江戸末期 作者不明

銀皮眼鏡入
江戸末期 作者不明

ひび皮胴乱
昭和30年代 田口 芳郎 作

型もの
仕込みものともいい、木型に合わせて芯になる材料を作り、その上に樺を貼り付けて筒状のものを作る技法で、主な製品としては、古くは煙草胴乱や印籠などがあげられます。

現在は、茶筒製作の工程が、この型ものの代表です。木型に巻く芯の成型と、その上に樺を貼り付けるのに、剥げないようニカワとコテの熱の加減に細かい神経を要する作業です。

木地もの
 下地に木地を使ったものの総称で、主として箱型のものが木地ものと呼ばれています。内張した板で箱を作り、さらに表張りをするのですが、樺による模様付けもこの木地ものに多く見られる技術です。

 文箱、硯箱、宝石箱をはじめとして、数多くの製品が作られていますが、テーブル、茶箪笥などの大物もこの分野に入ります。

秋田県
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