1931年

鳥取県の民藝

鳥取県

風土に根ざす、引き継がれる「用の美」のこころ

民芸を育んだ風土
豊かな自然に恵まれた鳥取県には、豊富な森林資源を生かした木工製品や、中国山地で採れる良質の砂鉄を原料とする鍛冶が発達するなど、多様な手工芸製品が作られてきたという歴史があります。
歴史 吉田璋也
吉田璋也(よしだしょうや1898-1972)は、1930年頃から鳥取県に民藝を広めたことで知られる人物です。医師としての仕事の傍ら、民藝のプロデューサーとして活躍し、県内の職人たちと一緒に、工芸製品の企画・デザイン・製作・流通・販売・消費に至る組織を作り上げました。
歴史 牛ノ戸焼を指導する吉田と柳
大正14年(1925)、柳宗悦は無名の職人が作った工芸の美を「民藝」と名付け、民藝品の収集と、著作や講演でその思想の発信を始めます。柳の思想に共感を覚えた吉田は「民藝運動」に参加します。昭和6年(1931)、吉田は鳥取市に医院を開業すると同時に新たな事業をおこします。日常の生活雑器を作っていた牛ノ戸窯で、その伝統を生かしながら自ら新しくデザインしたものを提案し、買取販売を始めたのです。
鳥取たくみ工芸店
デザイナー兼プロデューサーとして民藝品を企画し、流通・販売するため、1932年、吉田は鳥取市に「たくみ工芸店」を開店。
銀座たくみ工芸店
翌年は、柳の招請に応じ、販路を求めて東京銀座に出店します。銀座の「たくみ工芸店」は鳥取の新作民藝のみならず、日本全国の民藝品の流通機能も担いました。
鳥取民藝美術館
1949年には鳥取民藝美術館を開設。その目的は来館者に「民藝の美」を伝えるだけではなく、職人が作品づくりの手本にすることのできる参考品の収集を行いました。同美術館の展示替えでは、地域の職人が参加します。こうして、教育の場としての美術館の役割は今も受け継がれているのです。
JR鳥取駅から近い、鳥取民藝美術館では、今も吉田が集めた日本をはじめ、朝鮮・中国からメキシコ・西洋までの民藝品・工芸品から吉田が始めた新作民藝の家具や器などを展示しています。隣の鳥取たくみ工芸店では、山陰から日本全国や外国の民藝品を展示販売し、たくみ割烹店では、吉田が考案した鳥取和牛の「すすぎ鍋」(しゃぶしゃぶの原形)など、地元食材を日本各地の民芸の器で楽しめます。近年は外国からのお客さんも増えています。
たくみ割烹店
1962年、吉田は美術館と工芸店の隣に、民藝の器を用いて郷土料理を提供する「たくみ割烹店」を開店。美術館で文化を学び、割烹店で使い方を知り、工芸店で購入できるしくみを作ったのです。美術館でうつわを鑑賞するだけではなく、日常生活の中で使って楽しむことを提案、「生活的美術館」と名付けました。
文化財保護
吉田は、鳥取砂丘の天然記念物指定、箕浦家武家門・鳥取城跡・仁風閣の保存、湖山池の自然と景観の保護など広く、文化財保護にも尽力しました。湖山池の丘に景色を一望できる茶室を備えた阿弥陀堂を建立し、文化人の交流の場にもなりました。
新作民藝
吉田らが提案した工芸品を「新作民藝」と呼びました。従来の伝統的技法を用いながら現代の生活に用いる食器、家具やファッションなどをデザイン。陶器から木工・金工・竹工・染織・和紙などのデザイン、そして流通から販売まで手がける吉田は、まさしく「民藝のプロデューサー」だったのです。吉田の新作民藝は、約80年以上の歳月が経っても、今なお、製作され、売れ続けています。そのロングセラー商品のいくつかを紹介します。
牛ノ戸焼 染分皿 1931年
中心から、左右を分ける、黒と緑の大胆で力強いデザインは、発表から85年たった今も鳥取民藝を代表するベストセラー商品です。若い世代にとっても人気の器です。
因州中井窯 掛分切立コーヒー碗皿 1960年代頃と牛ノ戸焼 緑鉄釉紅茶椀皿 年代不詳
日本の生活が洋風化し、コーヒー椀や紅茶椀が必要になりました。吉田は、地元の材料・技術・職人で新たな生活用具をデザインしました。
木製スタンド 1950年代
傘の紙は鳥取名産の因州和紙、胴体、傘や拭き漆仕上げも地元の職人の手によります。丸型や角型の傘や伸縮式と様々な種類があり、ホンモノにこだわった映画監督として知られる小津安二郎(1903~1963)の作品にも使われています。
パン切りナイフ(大) 果物ナイフ(小)1950年頃 パン切り台 1960年頃
1943年北京に「華北生活工芸店」を開店するなど、吉田は中国の民藝を研究し、現地職人と交流しました。このナイフは中国の青竜刀のカタチを意識したといいます。台はシンプルな形で、美しい曲線が削り出されています。台の周囲には、パンくずが台からこぼれないように溝が掘ってあります。
座彫曲木肘掛回転椅子
現在は手に入りませんが、復刻されるのが待ち遠しい、優れた吉田デザインをいくつか紹介します。中国や英国の椅子を参考にしつつ、背もたれと肘掛けが1本の曲げ木で構成されたシンプルなデザイン。実用性も損なわない熟考された形に木目を活かした明るい色合いの拭き漆が見事です。回転機能もあります。
ににぐりネクタイ
英国製のネクタイからヒントを得たネクタイです。「ににぐり」とは繭から絹糸を紡いだ時に、二番目に取れる製品にならない糸のことです。製品にならない家庭用の材料の有効活用を考えた吉田は、女性が家事の合間を使って現金収入を得る機会を創造したのです。
栓抜き
古いタンスの引き手(右)や古い柱時計のネジ(左)の形から着想した栓抜きです。吉田自身が実際に試作品を使り、職人と何回も修正を加えながら作り上げたといいます。
竹ショルダーバック
吉田愛用の竹製バッグです。カゴの角を保護したり、革のひもを固定するのに金具を使っていますが、その金具がシンプルな形状に効果的なアクセントとなっています。
色あせることのない吉田デザイン
今も、吉田デザインを忠実に継承している工房に、牛ノ戸焼、因州中井窯、鳥取民芸木工があります。
牛ノ戸焼
牛ノ戸焼は、江戸時代後期から日用雑器を製作していました。吉田は、牛ノ戸焼が作った五郎八茶碗に出会います。そして、吉田が提唱した新作民藝の製作をともに推進し、柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチら民藝運動の中心人物が指導を惜しみませんでした。 お陰で、数々のベストセラーが生まれました。
因州中井窯
吉田や牛ノ戸焼から指導を受けた因州中井窯は、工業デザイナーの柳宗理の指導を受け、現代的で明るい色合いや造形をもった食器を制作しています。有名アパレルセレクトショップにも注目され、若い世代に民藝が広く、受け入れられるようになりました。
鳥取民芸木工
先代福田祥(ふくだあきら)が虎尾政治に師事し、吉田に指導を受け、民藝木工の道を歩みました。二代目豊は、民藝の心と無垢材と本漆による「鳥取民芸木工」を継承し、吉田デザインを忠実に守り、現代に伝えています。
現代鳥取民藝の匠たち
吉田の精神を引き継ぎ、独自のスタイルを築いた匠たちが現在活躍しています。彼らの仕事は、近年、若い世代からも評価を受け、とても人気です。(左上から右下へ 福光焼 山根窯 岩井窯 延興寺窯 国造焼 浦富焼)
鳥取県
提供: ストーリー

【資料提供】
鳥取県
岩井窯
福光焼
延興寺窯
因州中井窯
浦富焼
山根窯
国造焼
公益財団法人鳥取民藝美術館

【協力】
公益財団法人鳥取民藝美術館
牛ノ戸焼
鳥取民芸木工

【監修】
鳥取県
京都女子大学 生活デザイン研究所

【テキスト】
鳥取県

【写真】
・前﨑信也(京都女子大学准教授)
・高山謙吾( A-PROJECTS

【映像】
・高山謙吾( A-PROJECTS

【翻訳】
・エディー・チャン

【翻訳監修】
・ローラ・ミューラー

【サイト編集・制作】
・田岡佑梨(京都女子大学 生活デザイン研究所
・渡邊碧(京都女子大学 生活デザイン研究所

【提供】
鳥取県

提供: 全展示アイテム
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