絹糸ならではの美しい色彩と輝き。古来、服飾装飾や寺社装飾などさまざまに用いられ、人々に愛されてきた刺繡の長い歴史のなかでも類を見ないほど、華やかで超絶技巧の技を誇ったのが近代の刺繡でした。
世界最古の装飾技法の一つである刺繍が日本に伝わったのは6世紀、およそ1500年前のことでした。仏教伝来とともに繍仏(仏の姿を繍い現したもの)が伝来し日本でも作られる様になります。日本における現存最古の刺繡作品として有名なのが、聖徳太子の没後、その妻であった橘大郎女が太子を偲んで製作したといわれる天寿国繍帳(中宮寺蔵)です。  その後、刺繡の技法は平安遷都(794年)とともに京都に伝わり、現在の京繍の礎が築かれたとされます。国風文化が花開いた平安時代においては、十二単などの服飾装飾として大いに用いられ、平安末から鎌倉時代(11~12世紀頃)には末法思想を背景として、極楽往生のための作善(さぜん) として繍仏を製作することが流行しました。室町時代(14世紀頃)には能装束など芸能装束に応用されるようになり、安土・桃山時代(16世紀頃)以降、江戸時代(17世紀~19世紀半ば)に至るまで美しい小袖の意匠を彩りました。このように、京繍は歴史上さまざまに用途を変えながら伝統技法として生き続けてきたのです。
明治になり(1868年〜)、大名家や寺社からの豊富な仕事に支えられ発展してきた近世京都の刺繡は、大きな帰路に立たされます。大名家の没落と廃仏毀釈による寺院の弱体化により、パトロンを失った京都の刺繍業は、海外に市場を求めることとなったのです。販路を海外に求めたことにより、刺繍の応用範囲も一気に広がります。純粋な鑑賞用の刺繡絵画や、西洋式の室内装飾に合致するような屛風、壁掛、窓掛、テーブル掛などが次々と生み出されていきました。
刺繍絵画が生まれた背景には、刺繍と同じくパトロンを失った京都画壇の画家たちの刺繡下絵への参画がありました。岸竹堂(1826~1897)、今尾景年(1845~1924)、竹内栖鳳(1864~1942)など、画家としても一流のものによる下絵、江戸時代より培われた名人の繡技が合わさり、空前絶後の技術を誇る素晴らしいし近代刺繡が生まれたのです。左は竹内栖鳳による日本画、右がそれを刺繡であらわした作品です。構図を忠実になぞりながら、筆における表現と糸における表現の違いが際立ちます。日本画のモチーフも日本的な花鳥図や風景図の他、西洋の絵画に範をとった動物画や人物画など新たにさまざまなものが取り入れられました。
それを主導したのはプロデューサーの役割を果たした商人達でした。幕末に刺繡貿易を始めた田中利七、画家の下絵を刺繡に持ち込んだ西村總左衛門(現千總:友禅メーカー)、大量輸出への途をつけた飯田新七(現髙島屋:百貨店)らに主導され明治から大正にかけて刺繡は貿易の華となります。万国博覧会では最高賞を含むさまざまな賞を受賞、貿易品、外交の際の贈答品としても重宝され、刺繡は日本を代表する美術工芸品となっていきます。19世紀、ヨーロッパに吹き荒れたジャポニスムの流行を背景として、各国の王室コレクションや貴人達の邸宅には刺繍の屏風や壁掛などがインテリアとして取り入れられました。現在でもイギリスの大英博物館、ヴィクトリア&アルバート美術館、フランスのリヨン織物博物館、ウィーンの 応用美術博物館など、海外の名だたる博物館に日本刺繍がコレクションされています。そうした明治・大正期の貿易刺繡の生産の、実に9割以上を京都が担っていたのです。
このような美しい刺繡を生み出すには一流の道具が欠かせませんでした。反物を留める刺繡台、手打ち針に絹糸、金糸や撚り糸刺繡に用いる駒、糸撚り用の器具など、一つ一つの道具もまた職人による手仕事で丁寧に作られています。それら刺繡技術をささえた道具たちは、絵画資料の残る江戸時代からほとんど変わっていません。  今も刺繡道具の徳田商店。昔ながらの店内には刺繡台(組み立て式)や針、駒、糸撚りの機械などが所狭しと並べられています。
それぞれの道具の製作をたった一人の職人さんが担っているという状況も珍しくありません。数年前、インフルエンザが流行した際には、刺繡針を手打ちしている職人さんが罹患したために、一次的に針の流通がストップしたこともありました。
道具は道具屋さん、そして糸は糸屋さんが分業で製作と流通を担います。刺繍糸を扱う尾本商店。日本でほとんど唯一の絹糸専門店。染めを待つ生糸から色とりどりに染められた色糸たちまで、溢れんばかりの色の洪水です。現在は日本各地からだけではなく、アラブやヨーロッパなどはるか遠くの海外からも注文が入っているといいます。絹糸は今でも昔ながらの秤を使って量り売りです。京繡という技術を継承していく上で、こうした道具や素材はなくてはならないものです。
刺繍の技法は、100種類に上るといわれています。その中でもよく使う技法がおよそ30種類。繍技だけでなく、糸の撚りのかけ方なども工夫して、さまざまな質感を表現します。
京繡は1976年、経済産業省により国の伝統工芸品に認定されます。現在38人の伝統工芸士が認定され、1人が無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)の指定をうけています。着物を彩る美しい刺繡。思わず手元に置きたいと思ってしまうかわいらしい小物を彩る刺繡。いまも、刺繡でしか表現できない独特な表現や立体感をもつ京繍のさまざまな作品が生み出されています。
立命館大学アート・リサーチセンター 協力:京都女子大学
提供: ストーリー

資料提供:清水三年坂美術館

協力: 尾本糸商、京繍すぎした、徳田商店

公益財団法人 京都伝統産業交流センター 京都伝統産業ふれあい館

監修&テキスト:松原史(清水三年坂美術館特別研究員)

編集:山本真紗子(日本学術振興会特別研究員)、京都女子大学生活デザイン研究所 村田愛、渡邉碧、冨田福子(京都女子大学家政学部生活造形学科)

英語サイト翻訳:Eddy Y. L. Chang

プロジェクト・ディレクター: 前﨑信也 (京都女子大学 准教授

提供: 全展示アイテム
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