1825年~2016年

化粧紅-べに-

伊勢半本店 紅ミュージアム

最後の紅屋が守り、伝える、紅作りの「技」と化粧文化

伝統の化粧紅
紅花の花弁に含まれる僅少の赤色色素のみを抽出して作られた天然化粧料「紅(べに)」。 日本では古来、紅花から得た色料を口紅や頬紅として用いてきた。職人の手によって高純度になるまで精製された赤色色素の結晶体は、玉虫色の独特の光沢を放つ。この輝きこそ、伝統製法に則った丁寧な手仕事が生み出す、良質な紅の証である。

水を含ませた筆で玉虫色のふちに軽く触れると、一瞬にして鮮やかな紅色に変わります。天然色料ならではの優しい赤が唇を彩ります。

最後の紅屋「伊勢半本店」
化粧の習慣が特定階級のみならず庶民層にまで浸透していった江戸時代、とくに中・後期以降は、高級化粧品として玉虫色の紅が流通し、京都を中心に盛んに製造・販売された。 しかしながら江戸時代に全盛を迎えた紅産業は、明治時代以降、その繁栄に翳りを見せ始める。安価で手軽な化学染料の輸入を機に、紅染めや化粧紅の市場が徐々に圧迫されていった。そして昭和時代初期、かつて紅の本場であった京都ですら数軒の紅屋が残るだけとなり、今日、江戸時代より変わらぬ伝統製法を守り続ける紅屋は、「伊勢半本店」一軒のみとなった。
紅花から紅餅へ
良質な紅作りには良質な紅花が必要である。古代日本に紅花が伝来して以降、産地は徐々に拡大し、近世(17世紀初頭)には全国的に生産が行われるようになる。とくに羽州最上地方(現山形県)で収穫された紅花は、その質、量ともに定評があり、18世紀初頭に「最上紅花」というブランド名が定着、市場では高値で取引された。 紅花を産地から消費地(京都・大坂・江戸)へ出荷するにあたり、生花の状態ではなく保存の利く「紅餅」へと加工した。紅餅は紅花問屋を通じて紅染屋や紅屋に卸され、染織や化粧紅作りに消費された。 現在も山形の紅花農家では、紅花の開花期(7月上旬~中旬)を迎えると同時に花弁を摘み取り、紅餅作りに取り掛かる。

山形の紅花製作場にて撮影(大正時代)

昭和初期、山形における
紅餅作りの風景[その1]

昭和初期、山形における
紅餅作りの風景[その2]

昭和初期、山形における
紅餅作りの風景[その3]

昭和初期、山形における
紅餅作りの風景[その4]

昭和初期、山形における
紅餅作りの風景[その5]

守り、継ぐ、紅作りの技
紅屋では紅餅から幾工程もかけて赤色色素を抽出する。自然の産物から色を採る作業は、職人の技と勘がすべてを左右するといっても過言ではない。江戸時代より変わらぬ製法を受け継ぐ伊勢半では、製造環境や道具など一部は近代化されたが、いまなおほとんどの工程を手作業で行っている。
紅を点す女性たち
近世以前、日本人女性の化粧は白粉、紅、お歯黒、眉作り・眉剃りという、伝統的な様式美に拠った。この化粧に対し、幕末期の日本を訪れたイギリス人外交官は、女性本来の容貌の美しさを「台無し」にしていると述べた(『一外交官の見た明治維新』)。だが、台無しと評された化粧こそが、かつては日本人女性の嗜みと美意識を表現していた。 白粉の「白」、紅の「赤」、お歯黒・眉墨の「黒」、わずか3色から成る化粧ゆえに、唯一の有彩色の紅は、口紅、頬紅だけでなく目元を彩ったり(アイメイク)、下地(コントロールカラー)に使ったり、時には爪の化粧料(ネイル)に使われたりと、ひとつで何役も兼ねた。女性にとって欠かせない彩り、それこそが紅であった。
伝統化粧から近代化粧へ~新たな口紅のかたち
明治政府が西欧列強に追いつかんと近代化政策を推し進めるなか、化粧風俗もまた、従来の様式美的伝統からの脱却が望まれた。フランス、ドイツ、アメリカなどの西欧諸国から化粧品が輸入される一方、明治期日本の化粧品業界では石鹸やクリーム、ポマード、香水、無鉛白粉、多色白粉など様々な化粧品が研究・改良され、発展を見る。しかし口紅に関して言えば、欧米のスティック状口紅の浸透は鈍く、依然としてお猪口形の紅を使う女性が多かった。 転機が訪れるのは大正6年(1917)、国産初のスティック状口紅(棒紅)が中村信陽堂(のちのオペラ化粧品)から発売されると、これ以降、日本の口紅の形状はお猪口形から棒状へと切り替わっていく。
戦後の口紅~日本のリップメイクが変わったとき
戦後、リップメイクは様変わりする。それまでは、おちょぼ口に見せるため口紅を唇の中心にのみ点すことが好まれていた。大正~昭和初期に「モダン・ガール」とよばれる西洋風の化粧や服装をした女性もいたが、まだ少数派であった。それが戦後、多くの女性がリップラインをはっきり描き唇全体に真っ赤な口紅を塗るようになる。この頃は「アメリカに倣え」という風潮が強く、最新トレンドといえばアメリカ風の化粧や服装であった。リップブラシで唇の輪郭を描いてからその内側に口紅を塗り、ティッシュオフする、といった手順も「アメリカで流行の新しい口紅のつけ方」として雑誌などに紹介され、日本女性のリップメイクの概念を劇的に変化させた。
伊勢半本店 紅ミュージアム
提供: ストーリー

撮影:外山亮一(トヤマ・コマーシャルフォト)

提供: 全展示アイテム
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