ファッションとラグジュアリー

京都服飾文化研究財団

さまざまな余剰から生まれる装いの豊かさ

”Luxury”とは?
ラグジュアリー――それは、時代と場所を超え、常に私たちの心をとらえてきました。同時に私たちは、ある種の批判的なまなざしでそれを見つめてきました。日本語で「贅沢」、「奢侈」と訳されるように、ラグジュアリーは、社会のさまざまな余剰から生まれた豊かさの一つの形です。〈飾ること〉が本質にあるファッションは、それゆえ古くからラグジュアリーと緊密な関係を保ってきました。
金と銀
金糸銀糸を用いた豪奢な織物や装飾で作られた衣服は、古くから多くの文化圏で、太陽や月にも似たきらめきのゆえに、また壮大さ、高価さのために、ラグジュアリーを表象するものでした。

金糸が服に使用されたことは既に、紀元前に編まれた『旧約聖書』にみられます。以来、時の権力者たちは宮廷服や教会の祭礼服として、女性たちは豪華な晴れ着として用いてきました。

曇ることなく輝き続ける金は、その希少性と相まって、着る者が持つ揺るぎない権力や財力、神秘的な霊力の存在を相手に感じさせる有効なツールだったでしょう。

宮廷服
絢爛たる宮廷文化が花開いた18世紀、ヨーロッパの服飾は男性女性ともに豪華にして風雅、そして洗練の極致に達しました。これは自らの特権的地位と優れた趣向を目に見える形で誇示する目的も持ち合わせています。それゆえに衣服は、身体を堂々と大きくそして優雅に見せる形に造形されました。

高価な絹織物がふんだんに使われ、フランスのリヨン、イギリスのスピタルフィールズなどでは、競って巧緻な絹織物が作り出され、絹織物産業が大きく発展しました。

18世紀後期、装飾は簡素化します。一方で、スカートは横へ大きく張り出し、髪型はどの時代にも比して巨大に。その上に結髪師が組み立てた軍艦、馬車、果物籠が載せられました。行き過ぎた余剰さは、貴族社会の終わりを告げているのかもしれません。

トレーン
宮廷儀式、晩餐会、婚礼など、晴れやかで特別なオケージョンのために上流階級の女性たちは、その身分や威厳、富を誇示するための衣服を身につけました。トレーン(引きすそ)もその一つ。トレーンの長さは、その身分に応じたものでした。

1804年のナポレオンの戴冠式以来、西洋における女性宮廷服の様式が定まったとされています。豪華さと権威を感じさせる宮廷用トレーンは、その後もヨーロッパ各国の宮廷の規範となりました。

職人の手わざ
美しい色糸を用いて織られた絢爛豪華なテキスタイル、優雅で繊細な刺繍やレースはいつの時代も私たちを魅了してやみません。一着の服になるまでには、数多くの名もない職人たちの精緻な手仕事の存在が不可欠でした。

玉虫の刺繍

ジュエル・ビートル(玉虫)の前羽が留め付けられた軽やかなドレス。緑から紫へと変化しながら輝く羽が、ドレス1,942枚、ショール1,548枚確認できます。

18世紀中期以降イギリスはインドを植民地化しており、19世紀から後期には西洋市場に向け、玉虫刺繍のさまざまな製品が輸出されました。

レース

レースは15、6世紀以来発展し、19世紀に機械化されるまで、緻密で高度な手仕事を象徴するものとして珍重されました。リネン糸を使い、主にニードルポイント・レース、ボビン・レースという技法で作り上げられます。18世紀まではその高価さのゆえに衿、カフス等、服装の最も目立つ小さな部分にしか使われませんでした。

アイリッシュ・クロッシェ・レースと呼ばれるかぎ針編みのドレス。このレースはスペインやヴェネチアのニードルポイント・レースを手本に、1850年代からアイルランド南部の修道院を中心に作られました。1905年から10年頃、このような総レース仕立てのドレスがヨーロッパで流行します。

オートクチュール
1858年、イギリス出身のシャルル=フレデリック・ウォルト(1825-1895)がパリでメゾンを設立。マヌカンに着装させた新作の発表形式や、社交界のファッション・リーダー格の顧客の確保とそれに伴う巧みな広告戦略など、彼は後に「オートクチュール」と呼ばれることになるファッション・システムの基盤をつくり、19世紀後期のパリ・ファッションの地位を確立しました。

ファッションと美術

1930年代、ダリやコクトーなど芸術家たちがファッションに関与します。スキャパレリのイヴニング・ケープにギリシア神話のモチーフを描いたのは画家クリスチャン・ベラール。オートクチュール専門の刺繍工房ルサージュが豪華な刺繍で仕上げました。金銀のビーズやシークインによるアポロンの勇姿は、ベルベットの深みある黒色で一層、際立っています。

50年代のオートクチュール全盛期、イヴニング・ドレスの刺繍は質、量ともに隆盛を極めます。中でもクリスチャン・ディオールのイヴニング・ドレスは、世界の上流階級の女性たちから熱い支持を得ました。

貝殻や木、動物の歯のようなビーズ20種類の刺繍。デザイナー、サンローランの才能が凝縮されています。オートクチュールの刺繍アトリエの高度で精巧な技は、伝統を受け継ぎながらも革新的なものへ挑戦する姿勢をはっきりと宣言しています。

一夜限りの宴
20世紀はじめ、現代ファッションの方向を決定づけたデザイナー、ポール・ポワレは、数々の趣向を凝らした豪奢な祝宴を開き、パリの耳目を集めました。中でも有名なのは、仮装パーティー「千夜二夜」。

折しもバレエ・リュスのパリ公演などの影響でオリエンタリスムが流行する中、1911年に催されたこの饗宴には、スルタン役のポワレ以下、300人の招待客全員がペルシア風の衣装に身を包み、宴席を盛り上げました。

アートを着る

1960年代のアメリカで花開いたポップ・アートは、日常に氾濫するありふれたイメージを取り込み、大衆文化と芸術を結びつけました。

アーティストの個展のレセプションで、友人が着用したオリジナルの一点物。いわば鑑賞される動く芸術品。この時、衣服を着るという日常的な行為にアートが入り込んだのです。

1着の服が出来上がるまでにかかる時間にもデザインや素材と同様の価値があります。効率性や利便性のみが優先されがちな現在に対する問題提起にもなるでしょう。職人であれ、デザイナーであれ、一般の人たちであれ、私たち自身の〈手〉によって時間をかけて作り出されたものが、いつの時代においてもラグジュアリーの重要な要素ではないでしょうか。
提供: 全展示アイテム
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