竹の丸ひごを組んで生まれる繊細な美

良質な竹の産地
静岡市を流れて駿河湾に注ぐ安倍川、支流の藁科川の流域で産する若竹、淡竹は、昔から質の良さで知られ、弥生時代の登呂遺跡(静岡市内)からもザルや籠が出土されています。かつて竹は、日本各地で様々に加工され、利用されてきましたが、静岡市を中心に製作される駿河竹千筋細工は、地元の良質な竹材に支えられ、「駿府の府中、竹籠の名物あり。その細工よし。関東の人は、駿河籠を賞翫する也」(日本山海名物図繪より)と記録が残るほどの名品でした。
駿河の名産品
かつて駿府と呼ばれた静岡市は、徳川家康公のお膝元で、駿河竹千筋細工も、鷹狩りが好きな家康公のため、鷹匠が鷹の餌箱を作ったのが始まりという説が根強くあります。記録に残っているものでは、江戸初期に籠枕なる竹編みの枕が駿府で作られ、江戸城内でも愛用されていたとあります。さらに江戸後期、旅の途中にあった岡崎藩の武士が、丸ひごによる繊細な竹組み技術を伝授。これが、今に通じる駿河竹千筋細工の始まりと言われています。丸ひごを組むのは、日本全国にある竹細工の中でも唯一ここだけのもの。角がない丸ひごは、鳥や虫の羽を傷めないため、人気を呼びました。
輸出工芸として
明治6年(1873)に開催されたウィーン万国博覧会で駿河竹千筋細工は高い評価を得て、以後、輸出工芸として盛んに製造されるようになります。
戦前はヨーロッパ向けに、戦後はアメリカ向けに、国内よりも海外で知られていました。しかし輸出工芸としての役割は、’70年代のドルショックで終焉を迎えます。
その後は静岡の伝統工芸品として時代にふさわしい形を追究。昭和51年(1976)には全国伝統的工芸品の指定を受け、「駿河竹千筋細工」と命名されました。
駿府匠宿
現代の駿河竹千筋細工 1
編みと組みを合わせたものも多くあり、その中でも装飾的な南京編みをポイントにしたデザインが目を引きます。大和型の虫籠を彷彿とさせる優美なバッグです。
現代の駿河竹千筋細工2
ランダムなメッシュとやわらかな膨らみが生み出す陰影。竹編みとは違い、ひごが絡み合わないゆえに生まれる、雨脚のようなラインが独特です。
工程1 皮けずり
駿河竹千筋細工は竹ひご作りから始まります。まず、一昼夜水に浸けて柔らかくふやかした真竹や孟宗竹の表皮を削ります。
工程2 割り、へぎ
皮を削ったら、鉈を使って1㎝くらいの幅に割り分けます。竹は皮に近い外側のほうが粘りがあり強いため、内側を剥いでいきます。この作業を「へぎ」と呼びます。
工程3 小割り入れ、くじき
2本の刃を立てたところに割り材を入れて、先端に細かい切り込みを入れます。このあと、両手で握って捻り、しならせ、裂き分ける「くじき」を行います。こうすることで、かなり細い角があるひごができます。
工程4 ひご引き
細い角があるひごができたら、先端を削って尖らせ、「ひご通し」と呼ばれる丸い穴のあいた刃物に通します。穴は、大小いろいろあり、荒引き、中引き、仕上げ引きと順番に通して、きれいな丸ひごに仕上げます。
工程5 ひご曲げ
駿河竹千筋細工の特徴の一つは、曲線です。熱で曲がる竹の性質を利用して、半円形の電気ごてで加工します。こて全体を使ったり、部分的に利用して、カーブを工夫します。竹ひごは、20~30本まとめて当てます。
工程6 穴開け、ひご差し
枠に穴を開けてそこに丸ひごを差し、組み立てます。下枠の穴にひごを差してから、上枠の穴に差します。穴を穿つ角度によっても変化が生まれ、工夫のしどころです。
網代編み
器の底や蓋に使われる部分は編みの技法を取り入れています。編み目の密度と丸ひごのリズムが生み出す面白みもまた、千筋細工ならではのものです。
千筋細工の可能性
現在、静岡竹工芸協同組合は、職人12人により構成されています。花入れ、菓子器、行灯などはもちろんのこと、モダンな照明やインテリアアイテムにも対応して、伝統技法の可能性を広げています。展示会や公募展も積極的。新作を世に問いながら、進化し続けています。
立命館大学アート・リサーチセンター 協力:京都女子大学
提供: ストーリー

資料提供&協力: 静岡竹工芸協同組合、篠宮康博(篠宮竹細工所)、杉山高英(みやび行灯)、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館

写真: 渞忠之

監修&テキスト: 田中敦子

編集: 京都女子大学 生活デザイン研究所 橘鷹美咲(京都女子大学家政学部生活造形学科)

英語サイト翻訳: 黒崎 美曜・ベーテ

プロジェクト・ディレクター: 前﨑信也 (京都女子大学 准教授

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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