豊富なマダケ
大分県は、粘りがあり竹細工に適したマダケの竹林面積が日本有数。県下では、入手が容易なマダケを使った日用品の笊や籠が各地で作られてきました。
湯治客が自炊に笊や籠を使用 
温泉湧出量日本一の別府温泉は、明治期以降、鉄道や瀬戸内航路の整備が進み温泉客 が増大します。当初は長期滞在の湯治客がほとんどで、彼等は別府近郊の農家が副業で作った米あげ笊や味噌こし等を自炊に使い、持ち帰りました。
竹細工が地場産業として育成される
別府温泉の発展とともに竹細工は土産品としての需要が高まり、品質の向上が図られます。その一環として、民間の徒弟制度の下だけでなく教育機関で技術者の養成が始められ、1902年別府に設立された工業徒弟学校で、県外から招いた指導者により花籠や角型の籃を作る新たな技術の指導が始まりました。
多様な別府竹細工
観光土産としての需要を基盤に、別府では台所用品から文房具、花籠、調度品、玩具にいたるまで多種多様な竹製品が作られるようになり、大正中期には国内外の展覧会や博覧会で受賞するようになります。
伝統的工芸品に指定された別府竹細工 
100年以上の歴史をもつ別府竹細工は、1979年「伝統的工芸品」に指定されました。その歩みは、別府市竹細工伝統産業会館でみることができます。また、長年にわたり人材や知識、技術が豊富に蓄積された別府竹細工の地盤からは、生野祥雲齋を筆頭に多彩な作家を輩出し、作品は大分県立美術館や大分市美術館等に収蔵されています。
竹芸で最初の人間国宝・生野祥雲齋
別府市に生まれた生野祥雲齋(生没年:1904~1974年)は、1923年別府で竹細工を始め、竹特有の美を生かした新しい造形表現を追求し竹工芸の表現領域を大きく拡げ、1967年竹工芸で最初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
多彩な制作
大分県下では、生野祥雲齋没後の1970年代後半から作家活動が活発化し、美術工芸や産業工芸、民芸、クラフト、装身具、立体造形等幅広い分野で多彩な制作が展開されています。
竹工技術者の育成
別府竹細工の産業規模が著しく縮小した現在、技術の継承が重要な課題です。後継者育成は、国内唯一の公的な養成機関である大分県立竹工芸訓練センターを中心に行われ、訓練生は大分県内外から集まっています。
京都女子大学 生活デザイン研究所
提供: ストーリー

【資料提供・協力】
大分県
大分県立竹工芸訓練センター
大分県立美術館
別府市竹細工伝統産業会館
公益財団法人 大分県芸術文化スポーツ振興財団
公益社団法人 ツーリズムおおいた
一般社団法人 大分県立大分工業高等学校同窓会 豊工会

【監修・テキスト】
・友永尚子(大分県立美術館

【英語サイト翻訳】
・黒崎 美曜・ベーテ

【サイト編集・制作】
・杉島 つばさ(京都女子大学生活造形学科

【プロジェクト・ディレクター】
・前﨑信也 (京都女子大学 准教授
・山本真紗子

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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