日本の甲冑

立花家史料館

日本の甲冑は鍛造、彫金、漆工、皮革、染織、組紐、木工などわが国の工芸技術の多くの分野を駆使して、その時代の最高、最先端技術をもって作られています。そこにはそれぞれの武士の心、折々の社会状況が色濃く反映されており、着用者の意識、意図、趣味趣向までもうかがい知ることができます。 このような甲冑は用と美の絶妙な緊張関係の上に存在するもので、かつさまざまな歴史のドラマも内包して、雄弁に日本の武家文化を後世に語り伝えるものなのです。

甲冑の種類 「大鎧」
日本古代の甲冑は短甲、挂甲という、鉄製のよろいで、中国、朝鮮の甲冑の模倣でしたが、平安時代後期になり、大陸の影響から脱してわが国独自の大鎧という日本独特の形式が作り出されます。その後、中世の甲冑は胴体の形式によって大鎧、胴丸、腹巻という3形式になります。大鎧には大袖、兜が付きます。
甲冑の種類 「胴丸」
胴丸は右で合わせて胴を丸く囲み、腹巻は背面が開くものです。鎌倉時代までは胴丸、腹巻は下級武士が使用していましたが、時代が下り戦闘形態が変わってくると大将クラスも胴丸・腹巻に兜と大袖をつけて使うようになります。
甲冑の種類 「当世具足」
その後、戦国時代になると戦乱も激しくなり、鉄砲などの影響もあって、防御性を高めるために、鉄を多用して体中を隙間なく覆う「当世具足」という形式の甲冑が作られるようになり、以後はこれが日本の甲冑の主流となります。
甲冑の材料
甲冑の材料は主体は鉄と革(牛、馬、鹿)、組紐ですが、さらに装飾や付属部品としてさまざまな資材が必要です。革では犬、熊、猪、鮫など。金属では金、銀、銅、銅合金(赤銅、山銅、真鍮など)。染織品は組紐のほか織物(錦、金襴、緞子、麻、木綿、ビロード、羅紗など)、その他、木材、象牙、角、鼈甲、羽毛、獣毛なども必要になることがあります。
甲冑の製作
甲冑を作りあげるためにはいろいろ技術が必要となります。もっとも重要なのは鉄板を成形する鍛金技術と、威し、そして各部品をくみ上げる仕立ですが、そのほかに、鉄以外の金属加工、漆工、革工、木工、裁縫等の技術が必用で、ひとつの甲冑を作り上げるには数年かかる場合があり、これらの技術のほかに大変な労力と資金が必要とされるのです。

甲冑の形式は大きく分けて小札製と板物製に分かれます。それぞれ、鉄または革を利用して、小札板を作り、それを上下に組紐、または韋紐で繋げます。

この、上下につなげる作業を「威し」と言って、もっとも重要な作業です。そして、数段繋げた板にいろいろな部品を取りつけて甲冑の基本となる胴、大袖、兜が完成します。この部品は、金具廻りと言って、主に鉄板で造られ、それに装飾として絵韋を貼ったり、飾り金物を付けたりします。金具廻りや兜の鉢は鉄板を打出し、組み立てて作り上げます。

また、当世具足はこのほかに腕を防御する籠手や大腿部を防御する佩楯、足の下半には臑当が付属しますが、それらも鉄板を成形して作られた部品を布地に縫い付けて作られています。
そして、これらの部品を着用するにはさまざまな紐が必要になります。おもに組紐や韋を利用しますが、それにもさまざまな組み方や染め方があり、甲冑でも重要な部品のひとつです。

西岡甲房の仕事
甲冑を―つくる―ということを通してより深く本質に迫ろうとするのが西岡甲房です。現代において甲冑を再現するには膨大な手間と経費がかかり、最低限の技術を取得するだけでも十数年の年月が必要です。そのため甲冑師は日本に数人しかいません。後継者育成が必要ですが公の補助等はなく、自活の保障もできないため、志望者がいても断念させざるを得ないのです。そのような実情ですが、つくることでしか伝えられない伝統工芸技術とそこに込められた精神性、という日本文化の姿を守り伝えることが我々の仕事であるのです。日本の甲冑は、美術工芸の技術だけでなく、時代の精神的風土の上に結実した姿でもあることから、これらを製作する営みを絶やさずに続けてゆくことが日本文化を次世代にそして広く世界に伝えることに繋がるものと確信しています。
西岡甲房の仕事 
甲冑製作、修復作業にあたっては、一部を除きほとんどの分野の作業を自身で行っています。特筆すべきは、組紐を妻が担当しており、日本古来の組紐技法を再現して復元製作を行っていることです。 私たちが目指しているのは甲冑の実証的な復元製作と、本来あるべき姿を再現、あるいは将来を見据えた保存修復作業です。そのためには各分野の工芸技術はもちろん、各時代の美術、歴史を踏まえた上で当時の姿を推定し、場合によっては公、私立の研究機関、大学、企業等に依頼して原品の科学分析を行い、その結果をもとに当時の技法の再現を行っています。
復元品の製作
原品を数度にわたって詳細に調査した上で、可能な限り忠実に復元します

赤糸威大鎧
東京、青梅市の御嶽山頂に鎮座する武蔵御嶽神社に伝わった平安時代末期の大鎧で、社伝では畠山重忠奉納とされています。国宝に指定されており、現存する同時代の甲冑のなかでも最も優れた作品でもあります。山岸素夫、齋藤慎一両氏の監修のもと、原品を数度にわたって詳細に調査した上で、可能な限り忠実に復元したもので、特に上野修路氏の金工と西岡千鶴の組紐は、数多く復元されているこれまでの模造では再現できなかった高いレベルの仕事がなされています。

赤糸威大鎧 後姿

小桜韋威鎧
山梨県石和の菅田天神社に伝わった国宝の大鎧で、甲斐武田家に伝わった「楯無」鎧として有名な品な甲冑です。平安時代後期の甲冑部品を利用して鎌倉時代中期に仕立てられたもので、さらにその後数度の改造や江戸時代の補修がされていて原形から大きく姿が変わっているのを綿密な考証をもとに復元製作したものです。国の指定では小桜韋威となっていますが、調査の結果、小桜韋を黄色に染めた、小桜韋黄返鎧であることが判明しました。そのため、同じ染料、技法で小桜韋も復元しました。

小桜韋威鎧 後姿

修復
保存修復では、立花家をはじめとする大名家伝来品や、寺社、個人所蔵品など、これまで数百点に及ぶ甲冑の修復を行っています。

鉄皺革包月輪文最上胴具足
柳川藩初代藩主立花宗茂所用
桃山時代 16世紀
修復 西岡文夫

伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足
柳川藩初代藩主立花宗茂所用
桃山時代 16世紀
修復 西岡文夫

着装体験のための複製品
一方で、本物の甲冑の魅力は実際に着用してみなければわからないこともあり、そのための着装用レプリカ甲冑をつくるという仕事で博物館プログラムへの協力も行っています。気軽に楽しむために、紙やプラスチック等の素材を利用した甲冑も作られていますが、私たちが作る着装用レプリカ甲冑は出来る限り本物の甲冑と同じ材料と技術で製作しています。これらの甲冑は直に手に触れ、着装することができるため、人体に身に着けた姿や動きを知り、また重量感、装着感、音や匂いまで五感を使って本物を感じ、歴史文化に迫ることができます。豊後の大名大友宗麟の具足を参考に製作した「白檀塗浅葱糸威腹巻」、柳川藩主初代藩主立花宗茂所用「月輪文最上胴具足」、黒田官兵衛所用「合子形兜付黒糸威丸胴具足」の着装用甲冑などがあります。

白檀塗浅葱糸威腹巻 (大友宗麟の具足を参考)
博物館での着装体験用の模造品

白檀塗浅葱糸威腹巻の着装例

合子形兜付黒糸威丸胴具足 (黒田官兵衛の具足の参考)
博物館での着装体験用の模造品

合子形兜付黒糸威丸胴具足 (黒田官兵衛の具足の参考)の着装例

By: 立花家史料館
提供: ストーリー

西岡甲房
公益財団法人立花財団
立花家史料館

画像提供
青梅市郷土博物館
山梨県立博物館
松浦史料博物館
福岡市博物館

展示製作
西岡文夫 (西岡甲房)
植野かおり (立花家史料館)

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
Google で翻訳
ホーム
トピック
現在地周辺
プロフィール