1870年~1915年

御所と離宮

京都府立総合資料館

京都は、784年長岡京に都が移され、さらに794年に平安京が出来て以降、1200年以上も我が国の文化的な中心であり続けました。現在でも多くの寺社をはじめ皇室の関連施設が存在し、文化財として大切に保存されています。

京都御所

現在の京都市上京区を中心にした地域に平安京の大極殿(だいごくでん)がありました。大極殿は天皇が政治を行ったり重要な儀式を行う御殿です。現在、大極殿があった場所を示す石碑を内野児童公園(京都市上京区)で見ることができます。

大極殿遺址
 京都御所 建礼門
京都御所 紫宸殿
京都御所 清涼殿

大正天皇の即位式

1912年明治天皇が崩御し、皇子嘉仁が皇位を継承しました。大正天皇の即位式は1915年11月10日に京都御所で行われ、京都御苑には多くの奉拝者が集まりました。

明治天皇伏見桃山陵
 御還幸当日の御所内 1
 御還幸当日の御所内 2
聖上還幸行列の騎兵先駆 於堺町御門前

即位式のために京都駅に到着した天皇の行列は、騎馬に先導され堺町御門から京都御苑に入りました。天皇が即位したことを報告するために必要な賢所(かしこどころ:天照大神の御霊の代わりである神鏡を祭る場所)は東京の皇居から運ばれてきました。即位式当日は、外国の高官も京都御所へ参内しました。

御還幸当日の行列 於堺町御門前
 聖上還幸賢所 於堺町御門前
即位式当日外国使臣の参内

即位礼に引き続いて行われる大嘗祭(だいじょうさい)は、新しい天皇が農耕神を司る者としての神性を付与されるための重要な宗教行事でした。儀式の会場となる大嘗宮が新たに建設されましたが、そのために必要な材料は京都とその近郊の町や村から調達されました。棕櫚(しゅろ:ヤシ科の常緑高木)の皮を編んでつくる縄も、その一つです。棕櫚縄は、建材を縛って固定する歳などに使用されました。

 大嘗祭材料棕櫚縄運搬
 大嘗祭材料棕櫚縄制作作業場(於白山神社)

仙洞御所

17世紀、後水尾上皇は仙洞御所(現在の京都市上京区)と、修学院離宮(現在の京都市左京区)を造営しました。また、桂川の右岸には八条宮智仁親王・智忠親王親子によって桂離宮(現在の京都市西京区)が造営されました。

仙洞御所 八ッ橋
仙洞御所 醒花亭

桂離宮

桂離宮 松琴亭1
桂離宮 松琴亭2
桂離宮 松琴亭3

桂離宮の池泉回遊式庭園は日本庭園として最高の名園とも称されます。庭園のなかに設けられた松琴亭は桂離宮のなかで最も格式のある茶亭です。

桂離宮 書院

修学院離宮

修学院離宮 下之茶屋 寿月観
修学院離宮 中之茶屋 客殿
修学院離宮 上之茶屋 千歳橋
修学院離宮 上之茶屋 浴龍池
修学院離宮 上之茶屋 楓橋

元離宮二条城

17世紀初めに江戸幕府を開いた徳川家康は京都での居所として二条城(現在の京都市中京区)を造営しました。二条城は1871年に京都府に移管され京都府庁舎になりますが、京都府新庁舎が完成すると宮内省に移管され二条離宮となりました。1939年離宮が廃止され京都市に下賜されると、翌年から恩賜元離宮二条城として一般公開が始まりました。1994年にはユネスコの世界遺産リストに登録されました。

 二条城 東大手門
二条城 車寄
提供: ストーリー

制作 — 京都府立総合資料館
Curation — Kyoto Prefectural Library and Archives

提供: 全展示アイテム
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