楮の栽培から始まる紙作り。雪晒しで生まれる清浄な白。

自家楮、手漉き
繊維が長く、柔らかにして強靭な日本の手漉き紙は、千年以上朽ちずに残る保存性の高さで80も知られています。かつては暮らしの様々な場面で紙が使われたため、現在も日本全国北から南まで、近い和紙産地があり、それぞれに手漉きを守る工房が残っています。新潟では、古くより農家の副業として紙作りが盛んでした。洋紙の普及や農村の過疎化などで、和紙を取り巻く状況は厳しいものの、昔ながらの仕事が今も受け継がれています。そんな工房のひとつが越後門出和紙です。
門出と紙漉き
門出は新潟県の中南部、刈羽黒姫山の山麓にある集落。門出の地名は、中世の豪族が作った居城の門の近くにあったことから名付けられたといわれています。かつてここでは、伊沢紙(傘や凧用の厚手)、小国紙(薄手障子紙)、ふわた紙(風の強い海岸地域のための厚手障子紙)の三種類が漉かれていました。昭和30年代には、200戸の集落に紙を漉く農家が5軒ほどありましたが、高度成長期を経た頃には、小林康生(1954~ )の家、ただ一軒に。危機感を覚えた小林は、楮の栽培から始まる伝統的な和紙作りを目指します。
高志の生紙
農家の副業としての紙作りではなく、本業として力を入れ、過疎の地元を活性させたいと考えた小林は、自家栽培の楮を使い、自然の恩恵を最大限に利用し、また自然に負担をかけない、伝統的な手仕事から生まれる紙作りに力を入れてきました。工房名は、新潟の古称を冠した「高志の生紙工房」。生紙とは、そうした工程を経て作られる手漉き和紙を示しています。
越後の自然の色
クルミ、クロモジ、葛、ヤマモモ、タニウツギなど、近くの山から採取してきた草木の実や皮で紙料を染めて漉いたもの。和紙の用途を広め、また魅力を伝えるために、製品の開発にも力を入れています。
根気仕事
春から始まる楮栽培、秋の刈り取り、その後の蒸し、皮むき、皮干し、皮引き、皮濯ぎ、紙煮、灰汁抜き、ちりより、紙叩きを経て、ようやく冬の紙漉き作業に入ります。越後門出和紙の伝統的な和紙作りは、ひとつひとつに時間が費やされ、ていねいな作業を積み重ねています。
冬 紙漉きの季節
気温の低い冬は、和紙作りに欠かせないトロロアオイやノリウツギのネリ(粘液)が腐りにくく、また水も雑菌が少ないため、上質な和紙作りに適した季節です。深い雪に閉ざされた農閑の紙漉き仕事は、実は自然の理にかなったものなのです。越後門出和紙の工房は若い世代の作り手が多いことも特徴です。
冬 雪室で保存
冬の間に漉いた紙は、水気を切った紙床の状態で、そのまま保管します。以前は、野外の雪の中に埋めました。その上に雪がまた降り積もるため、竹竿で目印を付けておき、板に貼って天日干しができる3月の晴天の日に掘り起こしました。現在は雪に穴を掘って雪室を作り、保存しています。
冬 楮の雪晒し
冬に行われる作業は、紙漉きのほかに、雪晒しがあります。2月、3月の晴れた日に、皮引きを終えた楮の白皮を雪の上に並べます。雪が楮の皮に含まれる灰汁を吸いつくし、雪が溶ける時に発生するオゾンの働きと冬の日ざしにより、気品のある、光を受け入れるような優しい白さになります。それは、薬品による漂白とは違う、自然の白さです。
越後門出和紙
地元の酒造会社とともに
紙作りで村おこしを志した小林を支えているのは、地元の酒造会社です。新潟の酒には、新潟の和紙のラベルを、という相談を受けたことから始まったラベル作りにより、工房は安定収入を得ることが可能になりました。酒造もまた、新潟の地場産業。風土をアピールする発想が、伝統工芸の復興に一役買っている好例です。
立命館大学アート・リサーチセンター 協力:京都女子大学
提供: ストーリー

資料提供&取材協力:越後門出和紙

撮影:渞忠之

監修&テキスト:田中敦子

編集:山本真紗子(日本学術振興会特別研究員)、 京都女子大学生活デザイン研究所 隅谷桃子 (京都女子大学家政学部生活造形学科)

英語サイト翻訳: 黒崎 美曜・ベーテ

プロジェクト・ディレクター: 前﨑信也 (京都女子大学 准教授

提供: 全展示アイテム
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