華麗なるオートクチュールの世界

京都服飾文化研究財団

デザイナーと職人が作り上げる、服の芸術品

オートクチュール
「高級仕立服」を意味するフランス語。19世紀後半、シャルル=フレデリック・ウォルトらがその基礎を築きます。ブランド・ビジネスや高級既製服(プレタポルテ)への展開など、現代のファッション産業の成立に大きな影響を与えています。熟練した職人が分業で携わり作り上げるため、着る芸術品ともいわれています。

ウォルト

イギリス出身のシャルル=フレデリック・ウォルト(1825-1895)は、1858年、パリでメゾンを設立。マヌカンに着装させた新作の発表形式や、社交界のファッション・リーダーを使った巧みな広告戦略など、後に「オートクチュール」と呼ばれるファッション・システムの基盤をつくり、19世紀後期のパリ・ファッションの地位を確立しました。

ウォルトは、リヨン製絹織物をドレスにふんだんに使用した。当時のヴォリュームのあるドレスに惜しげもなくたっぷりと使われたリヨンの絹織物は、最新流行のモードとして世界各地へ送り出された。

パンガ

パリ・オートクチュールの顧客にはアメリカの富裕な女性たちが名をつらねていました。なかでも人気だったデザイナーはウォルトとパンガ。定期的にパリで服を注文したアメリカの富豪の女性たちは、数多くの高級オートクチュールをアメリカに持ち帰りました。

ドゥセ

ベル・エポック期を代表するデザイナー、ドゥセは、各国王室の女性、とりわけ女優サラ・ベルナールやレジャーヌなどパリ社交界の花形だった女性達から圧倒的な支持を得ていました。

ポール・ポワレ

1906年、ポール・ポワレはコルセットを使わないハイ・ウエストのドレスを発表。彼は、人工的な形態と過剰な装飾の19世紀のドレスから、自然な体の美しさを押し出した革新的な服へとファッションを大きく転換させました。

キャロ姉妹

キャロ姉妹は、長女のジェルベール夫人がチーフ・デザイナーとなり、1895年パリにメゾン、キャロ姉妹店を設立。レースや刺繍などの手仕事による粋を凝らした作品で人気を博しました。

ベール

ドイツ生まれのギュスターヴ・ベールは1905年にパリにメゾンを開店。ニースとモンテカルロにも支店を出す。「保守的な顧客のためのコンサバティブ・エレガンス」のファッション哲学のもと、細部まで贅沢に作られたエレガントな服で高い評価を得、10~20年代の人気のメゾンの一つでした。

シャネル

1916年、ガブリエル・シャネルは主に下着用素材であったジャージーのカーディガン・スーツを提案。着やすく、動きを妨げない伸縮する素材、短いスカート丈、簡素化された機能美は、社会で活躍する女性に愛され21世紀の今日まで、女性服の基本型となっています。

ベル・エポック期のランジェリーを思わせるようなシャネルの1930年代のイヴニング・ドレス。今やアウターと化したキャミソールやスリップ・ドレスなど、現代の下着ファッションを先駆けています。

マドレーヌ・ヴィオネ

マドレーヌ・ヴィオネは日本の着物や美術に興味を持ち、そこからアイディアを得たと思われるものが、1920年代初めの作品に多く見られます。

一見シンプルな黒のイヴニング・ドレスは、ヴィオネの緻密な計算によるバイアス仕立て。経方向、緯方向で伸び率の異なるバイアスの地の目は縫製が極めて難しい。ヴィオネはあらかじめ布を伸ばしたり高度なカッティングや縫製技術を使うなどして布地の伸びを調整していました。

ランヴァン

1910-20年代、シャネルらが急進的な衣服革新の動きを先導する中、ランヴァンは優雅で上品な「ローブ・ド・スティル」を作り続けます。新時代のモダンでボーイッシュなファッションに馴染めなかった伝統美を重んじる顧客たちの支持を得ました。

パトゥー

早くからスポーツウエアを手掛けたジャン・パトゥーの作品。素材には当時注目を集めていた人造繊維レーヨンが用いられています。

モリヌー

1930年代に流行したマーメイド・ラインを得意としたエドワード・モリヌー全盛期の作。バイアスにカットされた布がぴったりと体に沿い、シームに寄せられたギャザーが美しいドレープを描く。

スキャパレリ

1930年代に流行したプリントのドレスも、スキャパレリが手がけるとウイットに富んだポップな作品に。プリントのデザインは当時の人気イラストレーター、マルセル・ヴェルテスによるもの。スキャパレリのロゴ入りの円柱も描かれています。ヴェルテスが手がけたスキャバレリの香水の広告にも登場する円柱は、彼女のメゾンがあったヴァンドーム広場の象徴。

パリ占領期のオートクチュール

第二次大戦中、パリはドイツに占領され、解放されたのは1944年だった。休業や移転するメゾンが続出し、パリに残留したメゾンは細々と活動を続けるものの、産業そのものの存続が危ぶまれました。材料不足も深刻で、活発な創作活動は思うにまかせられませんでした。統制下、本品に見られるトラプントや美しいスカートの接ぎは、老舗ランヴァンの誇りを感じさせます。

グレ

1934年、グレは「アリックス」という名でメゾンを開店。第2次世界大戦時、一度閉店するも、42年に「グレ」の名で再開します。シームを最小限におさえるために非常に幅の広い薄い絹ジャージーを用い、古代ギリシアの女性服を思わせる細かいドレープのドレスを作り始め、定評を得ました。

クリスチャン・ディオール

1947年に「ニュー・ルック」で衝撃的なデビューを果たしたクリスチャン・ディオール。優しい肩、細いウエスト、たっぷりと広がるスカートという懐古的で優雅なディオールのコレクションは、平和な時代の幕開けを告げるスタイルとして、50年代ファッションを方向付けしました。

1950年代、パリ・オートクチュールの黄金時代をリードしたディオールは、「チューリップ・ライン」、「Aライン」など、シーズンごとに新しいシルエットを次々生み出しました。固い芯地やボーンによってドレスそのものに立体的なシルエットを与えています。

ドレス全体を飾る刺繍は、身体の部位によってパターンの大きさが異なり、細いウエスト、スカートの広がりを強調しています。オートクチュールならではの完璧な技術。

バレンシアガ

バレンシアガはディオールと共に1950年代のパリ・オートクチュール黄金期の双璧でしたが、その作風は対照的。ボーンや芯地によりフォルムを服の下から支えたディオールとは異なり、バレンシアガは素材と裁断の力のみでフォルムを生み出すことを試み、着心地の良さとモダンな造型性を両立させています。

バレンシアガは理想の完成形を目指し、妥協を許さないデザイナーでした。服に対する厳しいこだわりが、シンプルでありながら風格をもつ作品を生み出しました。

カッティングの技と布自体の張りで、表情豊かでダイナミックな縦畝を作り出す。「鋏の魔術師」と呼ばれたバレンシアガの創造力が垣間見えます。

ジヴァンシィ

1952年にオートクチュール・メゾンを立ち上げたジヴァンシィは、53年、巨匠、バレンシアガに出会い、強い影響を受けたクチュリエの一人。過剰な装飾を削ぎ落とし、60年代ファッションを予測させるミニマルかつエレガントな服を追求しています。

シャネルの復活

第二次大戦でメゾンを閉鎖したシャネルは、1954春夏コレクション、71歳でオートクチュールに復帰します。戦前と変わらなしスタイルは、パリでは「古臭い」と評価されなかったが、アメリカの女性たちは、ビジネスにもフォーマルにも対応する合理的でシックな、いわゆる「シャネル・スーツ」を歓迎しました。

イヴ・サンローラン

「トラペーズ(台形)・ライン」と名付けられたドレス。イヴ・サンローランの出世作。ディオールの急逝後にメゾンを継いだ若きサンローランの最初のコレクションで発表されました。華やかな色や柄、素材など装飾の要素を削ぎ落としたミニマリズムは、60年代の簡潔なミニ・ドレスを予告しています。

サンローランの代表作。直線的なAラインのドレスに、黒い直線で分割された大胆な原色の配置は、オランダの画家、ピエト・モンドリアンの作品《コンポジション》からの引用。画面上で分割された白、赤、黒による抽象画は、特殊なジャージーのはぎ合せによってドレス上に表現されています。

貝殻や木、動物の歯を模したものなど、20種類のビーズと幾種類もの色糸が丹念に刺繍されています。1960年代、オートクチュールを支えるアトリエの高度で精巧な技は、伝統を受け継ぎながらも革新的なものへ挑戦していきます。

クレージュ

アンドレ・クレージュの作品を代表するミニ・ドレス。1965年、クレージュは初めてオートクチュールのコレクションでミニスカートを発表した。世界中に旋風を巻き起こしたミニスカートの登場は、60年代徐々に高まっていた身体意識の現れでもあります。

精緻なカッティングによって身体の柔らかなカーブを捉えた本品は、クレージュが1963年から発表し続けたパンツ・スタイル。彼はサンローランと共に女性のパンツ・スタイルをオートクチュールに持ち込みます。60年代は、若さというキーワードを軸に、新しさや清潔なイメージがより高い価値を獲得しました。

ピエール・カルダン

ユニセックスを標榜したカルダンの1960年代の男性服。イタリア生まれのカルダンは、テイラー仕立ての技術を習得した後、オートクチュールに学び、53年にメゾンを創設。59年、プレタポルテに本格的に進出し、後のオートクチュール・メゾンのプレタポルテ進出を先駆けました。

パコ・ラバンヌ

アルミニウム製のミニ・ドレス。パコ・ラバンヌは「メタル・ワーカー」と異名をとったクチュリエ。SFのアンドロイドのような硬質な皮膚の輝きを想わせる、60年代の記念碑的な作品。

クリスチャン・ラクロワ

クリスチャン・ラクロワは伝統回帰が鮮明になった80年代、LVMHの傘下において、パリでオートクチュールのメゾンを設立。大学で美術史を専攻した彼は、奔放な造形性をもつ歴史的な衣装をポストモダン感覚の現代服として大胆にアレンジ。沈滞していたオートクチュール界に新風を吹き込みました。

職人技の継承

刺繍とも織物とも判別し難いテクスチャーは、コード刺繍の技法が用いられています。有名な刺繍のアトリエ「ルサージュ」が伝統的な技法に新しい感覚を取り入れた職人の手仕事による逸品。シャネル社は老舗工房の保護のため多くを傘下においています。ルサージュは2002年、グループに加わりました。

提供: 全展示アイテム
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