都城大弓とは
質実剛健、実践性にすぐれた薩摩弓の流れをくむ都城大弓(みやこのじょうだいきゅう)は、時代の流れとともに竹弓の曲線の美しさや次代に引き継ぐべき伝統的工芸品としての価値が注目。
都城大弓の歴史
都城地方では、古くから大弓が生産されていました。現存する記録の中でもっとも古いものは、「庄内地理志」です。「庄内地理志」は、江戸時代文化・文政から天保にかけて、当時の領主であった都城島津家が領内の様子をまとめたもので、都城市志和池、金田地区で弓が作られていたことが記述されています。また、都城島津家にも弓作りの職人がいたことが記録されています。このように、都城地方は弓作りが盛んでしたが、明治時代に入って鹿児島県川内地区から、楠見善治が弓の材料を求めて、来住したことをきっかけとして、さらに発展しました。楠見氏は、弓の仕上げについての免許「日置流弓村之次第(へきりゅうゆみむらのしだい)」を受けており、新たな技術を都城地方にもたらしました。特に、善治の息子蔵吉は、多くの弟子を養成するとともに、昭和初期には台湾、朝鮮、満州まで販路を拡大し、弓の産地としての都城の確立に尽力しました。戦後の低迷期を克服し、最盛期には30業者近くが製造に従事する産地を形成しました。その後グラスファイバー製の弓の普及もあり、従事者は減少していますが、平成6年4月には国の伝統的工芸品の指定を受け、わが国唯一の竹弓の産地として、特色ある地域づくりに貢献しています。
都城大弓の制作工程
都城大弓の素材は、都城の温暖な気候と豊かな自然が育んだ真竹と黄櫨(はぜ)。その工程は、200以上もあり、そのすべてを一人の弓師が手仕事で仕上げています。 都城大弓の構造はおおまかに、弓竹(外竹と内竹)、弓芯、関板で成り立っています。弓竹と弓芯をそれぞれの工程で制作します。その後、外竹、内竹、弓芯、関板を、クサビ(約100本)で打ち込み、竹弓に半円状の反りをつけて、接着していきます。クサビをはずし弦を張り、弓型を整えて仕上げに関板等の部分を削ります。最後に、握束に籐巻きをして完成します。
弓竹づくりの工程
①弓竹の切り出し→②弓竹の乾燥(約5ヶ月)→③弓竹の油抜き→④竹合わせ→⑤弓竹の火入れと削り
弓芯づくりの工程
①弓芯(黄櫨(はぜ)材)の小割り→②竹ヒゴの火入れ→③弓芯の削り→④弓芯の打ち込み
竹弓づくりの工程
①弓竹と弓芯を貼りあわせる→②弓の打ち込み→③弓の荒張り→④仕上げ→⑤握束(にぎりつか)

競技用の弓でありながら平成6年に国の伝統的工芸品の指定を受けました。

破魔弓(はまゆみ)
都城大弓と同じ伝統的な製法で作られる「破魔弓」は、記念品や縁起物として喜ばれています。 「錦弓」(にしきゆみ):錦弓は昔から魔除けとして、家屋の新築時の棟上げに破魔弓と共に二張りの 弓の飾りを屋上に立てる習慣がありました。 この習慣は今でもいろいろな地方で残っており、最近は新築時に魔除けの縁起物として、床の間や 玄関などに飾られるようになりました。
登弓(のぼりゆみ)
破魔を射るための弓が、近年次第に形式化して縁起物として利用されるようになりました。その後、弓の生産地を中心に子どもの誕生祝い、節句祝い、成人祝い、出世を願った祝い事に贈り物としてきた習慣があります。現在でも、九州を中心として、この習慣が受け継がれています。
京都女子大学 生活デザイン研究所
提供: ストーリー

【監修・資料提供・テキスト】
都城弓製造業協同組合
・都城市役所 みやこんじょPR課 PR担当

【翻訳】
・エディ―・チャン

【サイト編集・制作】
・植山笑子(京都女子大学生活造形学科)

【プロジェクト・ディレクター】
・前﨑信也 (京都女子大学
・山本真紗子(立命館大学)

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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