- 誕生と絶滅の不思議 -

国立科学博物館

地球環境の変動と生物の進化

地球の営みの記憶
地球誕生時のできごとは、隕石や月の石を調べるとわかる。地球の成り立ちは、地殻をつくる火成岩、堆積岩、変成岩とマントル物質に記録されている。隕石や岩石をつくる鉱物にふくまれる放射性同位体を利用して、隕石や岩石の形成年代を測定することができる。地質年代表に書かれた数値目盛りはそのようにして決めた年代である。
化石が語る地球の歴史
地層は、地球上のあらゆる環境でいつでもつくられており、地層にふくまれている化石は、過去の地表環境の変遷と生物進化をあらわす証拠である。化石の種類の移りかわりから、生物の出現・発展・絶滅といった生物進化の流れがわかる。世界共通の地質年代表は、こうした化石の変遷しにもとづいて区分されたものである。
地球環境変動の記録
地球環境のリズミカルな変動は、地層の断面や生物の成長痕に見られる“縞模様”に刻みこまれている。湖沼環境の年単位の変化は、珪藻と泥が交互に細かく積み重なった湖成層に、海洋環境の年および日単位の変化は、貝殻やサンゴの骨格をつくる炭酸カルシウムに保存されている。こうした証拠は、地球環境と生物のかかわりあいを解き明かす鍵となっている。
生物の大量絶滅
過去6億年間に、少なくとも5回の大量絶滅があった。そのとき、生物の種類数は著しく減少した。白亜紀末(6500万年前)におこった大量絶滅の原因は、小天体の衝突がもたらした地球規模の寒冷化といわれる。古生代末(2.5億年前)の史上最大の大量絶滅は、超大陸パンゲアを分裂させた激しい火山活動と、海洋の酸欠事件によるといわれている。
環境変動と生物の変遷
地球環境の変動は、生物の絶滅や発展あるいは拡散に深くかかわってきた。小天体の衝突は生態系に数百万年にわたって深刻な影響を与え、プレート運動による海洋と大陸の配置の変化は、海洋と大気の循環システムを大きくかえた。氷河時代に繰り返しおこった海水準変動も、浅海域の生態系をかえ、海峡でへだてられた大陸を陸つづきにして、陸上生物の移動を可能にした。
微化石
海底や湖底で形成された堆積岩には、ルーペや顕微鏡を使わないと観察できない小さな化石が入っている。それらはプランクトンや小さな底生生物の殻、魚の歯やウロコ、花粉や胞子などで、まとめて微化石とよばれている。微化石は少量のサンプルにたくさんふくまれているため、地層の年代の決定や過去の地球環境の復元によく用いられる。
先カンブリア時代の生物
30数億年前(先カンブリア時代)の生物は、ほとんどがバクテリアなどの微生物であった。光合成をする微生物の活動でストロマトライトが形成され、原始大気中に酸素が放出された。海水中に溶けこんだ酸素は鉄と結びつき縞状鉄鉱を堆積させた。また、バクテリアは海底のところどころで膜状に広がり、その痕跡は地層の表面に残されている。
ベント紀の生物群
先カンブリア時代末のベンド紀(6.5~5.4億年前)になるとようやく目で見える大きさの生物があらわれた。それらはオーストラリアのエディアカラをはじめ、世界各地から見つかっているが、ほとんどが奇妙な形をしている。ベンド紀の生物の多くは独特の体構造をもち、現在のいかなる生物とも異なる生物群(ベンド生物)と考えられている。
バージェス頁岩とチェンジャンの奇妙な動物群
カナダ・ブリティッシュコロンビア州のバージェス頁岩や、中国雲南省のチェジャン(澄江)の泥岩などから見つかるカンブリア紀(5.2億年前)の動物群には、アノマロカリスのように、現在の動物とはまったく異なる奇妙な体のつくりをしたものがある。それらは、カンブリア紀の海の世界で繰り広げられた「動物進化の試行錯誤」のようすを示すといわれている。
古生代の無脊椎動物
古生代のはじめのカンブリア紀(5.4億年前)になると生物の爆発的進化がおこり、無脊椎動物のほとんどの仲間が出現した。その後、それぞれ多様な進化をとげながら繁栄したが、多くは古生代のうちに絶滅していった。古生代の海には、いまだに正体不明のタリモンスターをはじめ、奇妙な姿形の生物で満ちあふれていた。
三葉虫の繁栄
古生代の浅海を最初に“征服”した動物は、節足動物の三葉虫であった。三葉虫の外形は頭部に奇妙なツノやトゲをもつものなど、実に多様であったが、生活にどのように機能したのかについてはいまだになぞが多い。三葉虫は、古生代の“海の王者”とよばれるほど繁栄したが、古生代末(2.5億年前)に子孫を残すことなく絶滅した。
魚類の発展
カンブリア紀前期(5.3億年前)に背骨をもつ動物、魚類があらわれた。はじめは顎をもたなかったが、顎をもつ種類が出現すると急速に多様化していった。デボン紀(4億年前)には、現代の魚類の祖先だけでなく、両生類の祖先も出そろった。魚類は、その進化の過程で、顎、四肢となる骨格、肺など、陸上へ進出した子孫たちがもつ多くの特徴を獲得していった。
哺乳類の起源
両生類のあるグループを共通の祖先として、単弓類と爬虫類が石炭紀末(3億年前)に進化した。初期の単弓類である盤竜類は、哺乳類の祖先と考えられている。盤竜類の頭骨には、目の穴の後ろにもう一つの穴があり、哺乳類の特徴と一致するからである。時代とともに、単弓類は進化し、やがて三畳紀後期(2.3億年前)になって真の哺乳類が誕生した。
中生代の哺乳類
もっとも初期の哺乳類は、多くがネズミほどの大きさで、昆虫などを食べる夜行性の動物であった。白亜紀(1.3億年前)に花を咲かせる被子植物が出現し、花に集まる昆虫が繁栄すると、昆虫を食べるのにもっとも適した臼歯をもつ原始的な有袋類と有胎盤類が出現した。やがて白亜紀末(6500万年前)には、新生代を支配する有蹄類や霊長類などもあらわれた。
森林にすむ哺乳類
新生代のはじめには、世界的に熱帯・亜熱帯の森林が広がっていたが、この恐竜絶滅後に空いてしまった生息空間を、生き残った哺乳類が大型化し、多様化して埋めていった。地上で木の葉や根を食べる原始的な有蹄類が繁栄し、樹上では原始的な霊長類や齧歯類などが進化した。地球の寒冷化につれ森林性の哺乳類に新たな種類が出現していった。
草原~乾燥地にすむ哺乳類
漸新世のはじめ(3400万年前)ごろから地球が寒冷化していくと、中緯度地方を中心に乾燥化が進んで草原が広がり奇蹄類や偶蹄類、齧歯類などの中に草原に適応した仲間があらわれた。さらに乾燥した地域では、ラクダのように乾燥した地表環境でも生活できる種類や、地下に巣をつくるもの、あるいは一生を地下で生活するものがあらわれた。
島大陸の哺乳類
大陸移動によって長い間孤立していた南アメリカでは、独特の哺乳類が進化した。白亜紀末(6500万年前)に、すでに南アメリカにいた有袋類と原始的な有胎盤類や、始新世末(3400万年前)に侵入してきた齧歯類と霊長類は、南アメリカ内で独自に進化したが、300万年前に陸つづきになった北アメリカからやってきた哺乳類の影響で、多くが絶滅してしまった。
重量型の哺乳類
植物食の哺乳類は肉食動物から身を守るために速く走る、地下にもぐる、木に登る、骨のヨロイで体をおおうなど、さまざまな方法をとってきたが、巨大な体をもつことも一つの方法である。ゾウ類全体でもっとも目立つ進化の傾向は、体の大型化と重量化で、体を支える骨格や歯などに独特の特徴がある。かつてゾウ類は、南極とオーストラリアをのぞくすべての大陸に、多様な種類が生息していた。
肉食性の哺乳類
新生代に植物食の哺乳類が多様化すると、それらをエサとする肉食性の哺乳類も急速に進化した。その代表が現在繁栄している食肉類だが、新生代のはじめには、むしろ絶滅した肉歯類のほうが優勢だった。クジラ類の祖先に近縁とされるメソニクス類も肉食性である。南アメリカでは、有袋類の一部が肉食性となり、真の食肉類によく似た進化をしたものもあらわれた。
水に戻った四肢動物
古生代後期に両生類から進化した竜弓類と単弓類は、またたく間に陸上へと生活の場を広げたが、彼らの中から、再び水中生活へ還っていくものたちが現れた。中生代の水生爬虫類と新生代の水生哺乳類は、ちがう道のりを経ても同じような姿形をしたものに進化しており、水中環境下では2億年の時をこえて壮大な収斂進化がおこった。
水生哺乳類のフォアランナー
中生代末に大部分の水生爬虫類が絶滅した後、新生代になると哺乳類の中からも、水中へと還っていくものがあらわれた。始新世前期(5000万年前)のテチス海周辺では、海牛類や鯨類の祖先がまさに水の中へ「足」を踏み入れようとしていた。彼らには陸上を走ることのできる蹄をもった手足が残されており、陸上から再び水中へ適応していったことを示している。
水の中での収斂適応
陸上に進出した爬虫類と哺乳類は、同じような形の祖先から異なる形の子孫へと多様化していったが、水中では異なる形の祖先から同じような形の子孫へと収斂進化していった。この過程では、行動の仕方や食物のちがいなどに応じて適応がおこったと考えられ、中生代の水生爬虫類と新生代の水生哺乳類とをくらべてみても、驚くほど体形が類似している。
巨大な海生爬虫類
中生代の三畳紀(2.4億年前)には、魚竜のように、生涯を海ですごす爬虫類がはじめて出現した。1998年、カナダのロッキー山脈の三畳紀後期(2.2億年前)の海成層から、魚竜の頭骨が発見された。3年間かけて発掘してみると、それは全長21mと推定される巨大な魚竜で、三畳紀の海には、魚竜の進化をうながした豊かな環境が存在したことがうかがわれる。
海を泳いだ鳥類
鳥類は、ジュラ紀後期(1.5億年前)までに出現していたが、白亜紀になると飛ぶことをやめ、水中生活に適応していくものがあらわれた。彼らはペンギンのような流線型の体をもち前肢は退化していて足を使って泳いでいた。この海生鳥類は、白亜紀末までに絶滅してしまったが、始新世前期(5000万年前)になると、水生生活をする鳥類が再びあらわれた。
空を飛んだ脊椎動物
四肢動物の空への進出は、鳥類以外でも、翼竜とコウモリで別々の時代におこった。いずれも空を飛ぶために大きな翼をもつにいたったが、そのルーツのちがいを反映して翼を支える骨の構造はまったく異なっていた。翼竜は薬指だけが長くのびて翼を形成し、鳥類ではヒジから指先にかけて風切羽からなる翼を形成し、コウモリでは指を大きく広げてその間に膜をはった翼をもつようになった。
人類の進化
霊長類の進化
6500万年前に恐竜が絶滅したあと、さまざまな哺乳類が繁栄していくなかで、サルの仲間、霊長類は森の樹の上に生活の場を開拓した。私たち人類も、この霊長類の一員である。近くがよく見える目、器用な手、発達した脳など、私たちの特徴の多くは、人類の祖先がかつて樹上生活に適応していたことを物語っている。
猿人の進化
600万年前のアフリカ、私たちの祖先はチンパンジーとの共通祖先に別れを告げた。最初の人類である猿人は、二本足で直立して歩くことにより、競争相手の多い地上で生活の場を広げていった。しかし、脚は短く、脳はまだ小さかった。その後400万年ほど、人類はアメリカにとどまって進化を続けていった。
原人・旧人の進化
古代人の復元
誰も見たことのない大昔の人々の姿や表情は、どのように復元されるのだろうか。どこまで復元できるのだろうか。長年におよぶ調査で得られた化石や石器という証拠を、解剖学と考古学の知識にもとづき比較研究することによって、身体の特徴や精神活動が推測され、さらに想像力を加味して復元が完成する。
新人の進化と世界拡散
私たちが属する種、ホモ・サピエンスは、20万年前以降にアフリカで旧人から進化した。そして、すぐれた思考能力によって技術革新を繰り返しながら、寒冷地や乾燥地などの厳しい自然環境を克服し、急速に世界中へ広がっていった。ここでは、都市文明が発生する以前、ホモ・サピエンスが各地で繰り広げてきた歴史を、あなた自身が追体験する。
新人の拡散 再びアフリカから
私たちホモ・サピエンスは、創意工夫の精神にあふれ、発見や発明を積極的に次世代へ継承していく。この行動によって、私たちの文化は、現在でも急激に発展しつづけている。では、現代人が共有するこうした潜在能力は、人類史上のいつ、どこで進化したのだろうか?これまでの研究の蓄積により、それは20万~5万年前のアフリカでおこったらしいことがわかってきた。
新人の拡散 ユーラシアへ
人類は180万年前にアフリカからユーラシアへ進出したが、長い間、その分布域はアフリカからユーラシアの低・中緯度地域までに限られていた。これに対し、約5万年前から本格的にはじまったホモ・サピエンスの拡散は、その規模とスピードにおいて桁外れであった。私たちの祖先は、いかなる手段をもって各地域の環境に適応してきたのだろうか?
新人の拡散 オセアニアへ
ユーラシアとオセアニアの間には、海が広がっている。5万年ほど前、ホモ・サピエンスはおそらく筏のような舟を使ってこの海を渡りはじめた。その技術は時代を追って洗練され、やがては遠洋航海術が確立し、1万3000㎞の彼方にまでおよぶ南太平洋全域への拡散が成しとげられた。
新人の拡散 北部ユーラシアへ
氷期の寒さが一時的にやわらいだ4万年前ごろ、それ以前には人類が定着できなかった北の大地に、ホモ・サピエンスが居住域を広げはじめた。その後彼らは、気候の悪化にもかかわらずシベリアの奥地まで踏みこんでいき、一部は1万数千年前にアラスカを経由してアメリカ大陸へと渡っていった。
新人の拡散 アメリカへ
南北1万4000㎞におよぶアメリカ大陸の自然環境は、極地から大平原、砂漠、寒・温帯林、熱帯雨林、高山にいたるまで、多彩な姿を示す。しかし、1万年以上前に北アメリカへ進出したホモ・サピエンス集団は、このような環境の違いをほとんど問題とはせず、急速に南アメリカの最南端まで広がったらしい。
提供: ストーリー

地球館地下2階:地球環境の変動と生物の進化 -誕生と絶滅の不思議-
より作成

写真:中島佑輔

提供: 全展示アイテム
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