色彩のファッション ―多色―

京都服飾文化研究財団

色彩の万華鏡
かつて色彩は強い象徴性を持ち、それぞれの色に意味合いやタブーがありました。現在、その束縛は薄らぎ、私たちはどのような色彩でも使い、組み合わせる自由を手に入れました。多様性の称揚。それは、色彩のみならず現代の社会を表わしてもいます。

職人技

18世紀中期の男性服。コートには銀糸、ウエストコートには多色の絹糸や金糸を用いて華やかな織り柄が施されている。近代以前の西洋において、王侯貴族の男性服は女性服に劣らず華美で豪奢であった。自らの特権的地位を誇示し、服装によって身分制度を維持しようとする思惑からである。

地模様のカヌレ織に多色の花束と毛皮柄が精巧に織りだされた見事なテキスタイル。その質の高さとデザインで名声を誇ったフランスのリヨン製絹織物の技巧の高さを示しています。

本品のテキスタイルは、解(ほぐ)し織りの一種、シネ・ア・ラ・ブランシュ。水に濡れて滲んだようなこの織物は、織る前にあらかじめ模様を染めた経糸で模様を織りだしていきます。この技法は高度で難しく、大柄のシネは当時のヨーロッパではリヨンだけで製作されました。

軽快な風合いとパステル調の色使いに特徴が見られ、ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人が愛用したことから、しばしばポンパドゥール・タフタとも呼ばれる。

異国趣味

様式化されたインド風花柄が赤を中心に、青、緑、黄色などの多色による手描きと木版ブロック彩色されたドレス。インド製の手描きや捺染による絵柄の綿織物(インド更紗)は、17世紀に西洋で知られるようになり、大流行します。18世紀にはヨーロッパで捺染産業が生まれました。

左のケープは、「ラモヌール(煙突掃除人)」と呼ばれたアルザス製プリント。焦茶色の地にインド更紗風の花柄を全体に散らしています。右は花柄を全体に配したイギリス製プリントによるローブ・ア・ラングレーズ。18世紀以降、ヨーロッパに捺染産業が発達し、フランスではジュイをはじめ、アルザス地方がよく知られています。

17世紀、インドからヨーロッパへもたらされた捺染布であるインド更紗は「アンディエンヌ」(仏)、「チンツ」(英)と呼ばれました。1830年代半ばにはプリントの服が広く流行し、その後も服や装飾品に広く使われていきます。

ペロチン式捺染

1840年代にはウール地のぼかし染めが可能となり、多様なヴァリエーションを生み出しました。この時代、捺染に関する技術は飛躍的に進歩を遂げます。多彩な色彩は、高価な絹織物でしか表現できなかったが、プリントにより比較的安価な綿やウールにも使われるようになります。

絹とウールの交織は捺染が難しいですが、色鮮やかに染め上げられており、捺染技術の飛躍的な発展がみられます。

世界の色彩

カシミア柄をプリントした室内着。ヨーロッパで19世紀初頭に流行し始めたカシミア・ショール熱は、19世紀中頃にも再熱します。

インドのカシミール地方で作られた大変高価な本物や、それを模して開発された織機で織られたリヨンの高級品を頂点に、イギリスのペイズリーでカシミア柄を捺染した安価なものも広く出回り、ペイズリー模様という言葉を生みました。

ロンドンで仕立て直された日本の着物によるドレス。19世紀後期、日本から渡った着物や染織品は多くの人々を虜にした。西欧の女性たちは、日本の着物地や着物をほどいたものをドレスに仕立てたり、着物を室内着として着用した。本品のような江戸時代末期の上流武家階級の女性の着物は、特に好まれたものの一つだった。

合成染料による鮮やかな色を絹シフォンの繊細な素材に染めあげたこの時期独特の色彩。1909年にパリで初演したバレエ・リュスのエキゾチシズムに溢れた強烈な色彩でもありました。その影響はすぐさまファッションにも表れ、1910年代前半、本品のようなヴィヴィッドな色彩が街に溢れます。

1922年にツタンカーメンの墓が発掘されると、古代エジプト文明の流行が広がりました。その影響はすぐファッションにもあらわれ、1920年代の10年代から続くオリエンタリズムの流れの上に、古代エジプト調や、メキシコへの憧憬を駆り立てたアステカ美術の影響などの異国趣味が流行します。

色彩のアート

1930年代に流行したプリントのドレスも、スキャパレリが手がけるとウイットに富んだポップな作品に。プリントのデザインは当時の人気イラストレーター、マルセル・ヴェルテスによるもの。この時代のアーティストたちが日常的なテーマを作品に取り込んでいたように、彼女も日常の風景を華麗さと品格を重んじるオートクチュールのドレスに取り入れました。

20世紀の大デザイナーの一人、サンローランの代表作。直線的なAラインのドレスに、黒い直線で分割された大胆な原色の配置は、オランダの画家、モンドリアンの代表作《コンポジション》の引用。美術収集家としても知られたサンローランは、《コンポジション》も収集していました。

シルク・スクリーンによる鮮やかなプリントは、アフリカの仮面がモチーフ。イタリア出身のエミリオ・プッチは、フィレンツェを中心に1950年頃から活躍。イタリアの高度な技術を生かした鮮明なプリントで、アメリカ市場を皮切りに世界を席巻しました。

日本の伝統的な絹織物の一種、しぼの強い鬼しぼ縮緬を使用したワンピース・ドレス。森英恵は、日本ファッションを海外へ発信しようとした先駆的存在の一人でした。主に座布団用に作られるこの種の縮緬を、イブニングドレスに使い、鮮やかなオレンジ地に、ピンク、黄色、グリーンなど独特の色彩でプリントされた大柄のダリアが、訪問着のような格調の高さを漂わせています。

みんなの色

1960年代を特徴づける、不織布製の「ペーパー・ドレス」。明快な形態、ミニ丈、グラフィカルなプリントなど、この時代の流行の要素が織りこまれた、アメリカ製の安価な使い捨ての服です。プリントされているのはキャンベル・スープ缶。ポップ・アートの旗手、アンディ・ウォーホルが作品に採りあげ、広く氾濫したコピー・アートのドレス版となっています。

三宅の初期を代表する作品の一つ。「タトゥー」と題された本品には、日本の刺青に擬えたプリントが施されています。プリント・デザインは、1971年から三宅の仕事に参画したテキスタイル・デザイナー、皆川魔鬼子。

鮮やかな色彩、大柄なチェック、大きなパッチ・ポケットが若々しい。エシュテルはカジュアルなストリート・ファッションの要素を洗練させ、おしゃれな日常着として世界に発信しました。

三宅一生の「プリーツ・プリーズ」より、美術家を招いた「ゲスト・アーティスト・シリーズ」(1996-98年)の第二弾。写真家、荒木経惟の作品がプリントされています。左は《色少女》、右は《アラーキー》。独特のエロティックな荒木の表現と、プリーツ・プリーズの明快な形やポップな色彩との対比が面白い。

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