木地の薄さが大きな特徴である京漆器。その薄さと漆の強さという相反する魅力を1つに合わせた撓めで作られた漆器の比類なき美しさ。

三代目・西村圭功
西村家は三代にわたり京都で漆器の塗師(ぬし)を生業としています。二代目西村圭功の長男として生まれた圭さんは京都市立銅駝(どうだ)美術工芸高校漆芸科を卒業後、 京塗りの代表的な塗師・三代目鈴木表朔に弟子入りし、9年の修業の後、1994年に西村家の跡継ぎとして独立し、2008年には三代目西村圭功を襲名しました。西村さんは真塗中棗(しんぬりちゅうなつめ)や縁高(ふちだか)などの茶道具を主にしながらも、上塗りの技術を深化させるだけではなく、撓め(たわめ)や炭研ぎ(すみとぎ)による作品などを通して、新しい京塗りの可能性を追求しています。
撓めとは何か
轆轤(ろくろ)で薄く挽いた欅(けやき)を撓めたところに、漆を吸わせて木地を固めます。すると元の形に戻ろうとする欅の力と、とどまろうとする漆の力が拮抗してせめぎ合い、正円では得られない有機的な形に変化します。木も漆も自然物ですが、人の力が介在することで、新しい生き物が生まれたような劇的な変化を生み出すのが撓めです。
欅と漆によるコラボレーション
撓めの仕事は京都の薄造りの技術を生かしたものですが、さらに薄く挽く必要があります。口縁部から底まで均一に厚さ0.3mmに挽く特殊な技術があって始めて、撓めることができるのです。材料の欅は、昔から漆器の木地として使われてきたことが証明しているように、欅には適度な硬さがあります。そして欅の中をびっちり導管がと通っているので、その穴に漆が染み込み、とても堅牢な木地ができ上がります。
なぜ撓めが美しいのか
何度も繰り返し漆を塗り重ねては、研ぎ上げる作業によって作られた撓めの漆器は、中国の汝窯の磁器の様に優雅でありながら、緊張感も持ち合わせるという相反する魅力を兼ね備えています。これはただ曲げればいいというものではなく、ある1点にテンションを加えることにより張りが生まれます。この張りこそが緊張感を生み出すのです。
炭研ぎから生まれた京漆器
工房では炭研ぎという技法で漆器も作っています。この器を作り始めたのは、ある展示会で古いピューターの皿を写したことがきっかけです。炭研ぎの器が器好きの若い人たちの目にとまり、炭研ぎのマットな質感は、今の暮らしによく合うととても好評でした。新たな要望に応えてアイテムが増え、新しい京漆器ブランドとして「天雲」を立ち上げました。 ※ピューター……錫(すず)を主成分とする低融点合金のこと。
「天雲」を作る意義
西村さんが「天雲」を始めたきっかけは、京都で数を作る仕事が無くなってしまったことを危惧したからです。もともと量産を得意とする土地柄ではありませんが、昔は多少なりとも数を作っていました。しかし、今の仕事は茶道具などの一品ものばかりで数が出ません。数がないと職人の手も落ちるし、産業として成り立たず、後継者の育成もできません。そこで、「数ものの仕事が無いなら、自分たちで生み出そう」と考えて始めたのが「天雲」でした。今は弟子を含め、若手の職人6人で製作しています。
茶道具の要、真塗中棗
撓めや「天雲」の炭研ぎの技法で新しい漆の可能性を広げている西村さんですが、すべての技法の基本は棗の制作にあります。棗を作る工程は大変多く、また高度な技術を必要としますが、その中にはいろんな技術が集約されていて、この技術が作品のバリエーションを生み出します。

真塗中棗はただ々真っ黒な中に、うっすらと残る刷毛の跡が美しい。それが上塗師の家に生まれた西村さんがこの塗りっぱなしの真塗中棗に拘る大きな理由なのです。

下地作りと錆研ぎ
木地固めといって強度を高めるために、木地に一度生漆(きうるし)を吸わせます。生漆が乾いて木地が固まったら、木地に麻布を着せます。これを布着せ(ぬのきせ)といいます。次は地付け(じつけ)をします。「地」というのは漆と砥の粉(とのこ)と地の粉を混ぜたものです。地の粉は砂、砥の粉は粘土質の土。両方とも京都の山科で採れる山土です。「地」は、「錆(さび)」よりは少し粗いものですが、これを篦(へら)で木地につけていきます。型が整ったら錆つけを行います。砥の粉、漆、水を混ぜたものを「錆」と呼び、「錆」をつけて乾燥させます。錆つけを何回か繰り返し、下地作りは終わりですが表面はざらざらしています。そこで砥石と水を使って綺麗に仕上げるのが、錆研ぎです。
中塗りと炭研ぎ
錆研ぎが終わると中塗りです。薄い木地がここまで厚くなるのは、「錆」で下地を付けているからです。中塗りした後、油桐※を焼いて作った木炭で中塗りした黒漆を研ぎます。備長炭のようなキンキンした硬い炭ではなく、カサカサした柔らかい木炭で、研いで行きます。これが「天雲」の炭研ぎ仕上げですが、普通はこの後に上塗りをします。研いだところが白くなりますが、刷毛の塗った跡の線が凹凸を示していて、全体の凹凸がなくなって、白くなるまで研いだら「炭研ぎ」は終わりです。 ※油桐……漆専用の木炭。
上塗り
上塗りで使う漆は、濾し紙(こしがみ)を使ってゴミを取り除いたものを使います。なお、京漆器で使う濾し紙は吉野紙です。刷毛は油で洗っていますが、その油を取るために何回も洗います。刷毛の中にも埃が入っているので、それを洗い出すためでもあります。一度に全部塗ろうとしても無理なので、2回に分けて塗ります。「衝く立て」という道具を使いますが、これは糊で竹筒を接着したものです。この竹筒は持ち手になっていて、これを持って上塗りするようになっています。この後、これを使い風呂で返しという作業をします。
風呂
風呂は、上塗りをした漆器を乾燥させるところです。漆は湿度で乾くので、この風呂の中を水で濡らして乾燥させます。約70%に湿度が上がると、漆は乾き始めるので、その状態を風呂の中で作るのです。塗ったまま置いておくと漆は垂れてくるので、溜ったところが縮んで漆が寄ってしまいます。それを防ぐために、7分置きに引っ繰り返しながら、約2時間半その作業を続けます。漆がある程度乾いてきた時に、息を吹きかけると白くなりますが、それが半乾きの状態です。上の風呂は湿度がないので、そこに移すと下で付いた勢いで乾いてくれます。その下から上の風呂に入れ替えるタイミングが難しいのです。
節上げ
漆は漆屋さんに行くと桶に入って売っています。ある程度は漉してありますが、完全には塵(ごみ)は取れていないので、塗る直前にもう一度漉して塵を取ります。それから漆を塗りますが、上からも埃が落ちてきますし、塵も入るので、最終的には鶴の羽で1個ずつ拾います。ポツポツなっているのは埃だけではなくて、泡の場合もあります。泡は時間が経つと消えて行きますので、直ぐには仕上げをしません。少し間を置いておくと泡は消えます。
京漆器の未来を目指して
「今はいい仕事して、職人でもいいという時代ではなくなりました。とても漆の仕事がやりづらい世の中になってしまいましたが、少しは時代に合ったことをしてゆかないと、どんどん衰退するばかりなので、皆さんのアドヴァイスも戴きながらやってゆけたらいいなと思っています。西村家はもともと茶道具が主ですから本筋は大切にしながらも、撓めのような作家仕事と「天雲」のようなプロダクト的な仕事も挑戦したいし、製造ラインとして、きちんと数を作れるようにしたい。そのためには自分の弟子を育てるのも含め、木地師さんも育てていけたらいいなと思います」と西村さんは語ってくださいました。
西村圭功漆工房
京都女子大学 生活デザイン研究所
提供: ストーリー

【資料提供・協力】
西村圭功漆工房

【監修・テキスト】
・上野昌人

【写真】
・森善之
・Syoh Yoshida
・伊藤信

【英語サイト翻訳】
・ロバート・クーパー

【サイト編集・制作】
・植山笑子(京都女子大学生活造形学科

【プロジェクト・ディレクター】
・前崎信也(京都女子大学生活造形学科 准教授
・山本真紗子(立命館大学)

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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