歴史の中で思いやる
大堀相馬焼は江戸時代に相馬藩の藩主の献上用に作られてから300年続く工芸品です。福島には美しい自然や、そこから生まれた上質な食べ物、そして、生活する人々の日々の暮らしがあります。最初は藩主を想って作られた陶器でしたが、民窯になるにつれて、自分ではないだれかに「贈る」ことを主軸に発展してきました。そんな想いから「縁起物」としての馬を描き、凍えるほど寒い日に熱い飲み物で入れても手が熱くならないように、二重構造にしました。大堀相馬焼は「思いやりが込められた」陶磁器なのです。そんな焼き物を通して福島からの息遣いを感じていただければと思います。

そんな想いから「縁起物」としての馬を描き、凍えるほど寒い日に熱い飲み物で入れても手が熱くならないように、二重構造にしました。

大堀相馬焼は「思いやりが込められた」陶磁器なのです。そんな焼き物を通して福島からの息遣いを感じていただければと思います。

大堀相馬焼1690年発売開始
旧藩政時代には相馬焼と呼んでいましたが、国の伝統的工芸品指定以後は、産地名である「大堀」の名を入れた大堀相馬焼として広く知られています。元禄年間に中村藩士の半谷休閑が大堀(浪江町大堀)で陶器を発見し、下男の左馬に命じて日用雑器を焼き始めたのがはじまり。 中村城下の相馬駒焼は藩主相馬氏への献上品として親しまれたのに対して、この大堀相馬焼は民窯として長く愛されてきました。
1697年
相馬藩庁は 「瀬戸物師、他領江不可出事」を布令します。相馬藩では、大堀相馬焼を藩の特産物にしようと産地に瀬戸役所を設置して、資金の援助や原材料の確保など保護育成に努めました。これにより大堀の窯業は農家の副業として近隣八ヶ村に普及 江戸時代末期には窯元が100戸を越えました。
1830年
半谷滝三郎が絵付け研究をはじめ、このころから駒絵(馬の絵)が描かれるようになります。中村藩は相馬野馬追の伝統を有し、藩主相馬氏の家紋には繋ぎ駒や走り駒が意匠となっており、縁起物として親しまれました。
1853年
益子焼の起こりとともに、職人数名が技術指導に出かけます。販路も北海道から関東一円、更には信州越後地方方面まで広がり、一大産地に発展。それに伴い、技術が建産地に伝えられ、結果的に益子焼・笠間焼をはじめとするの他県の産地のルーツとなりました。
伝統の確立
1863年、青ひびが作られました。1883年、東京の問屋 宮内松五郎のすすめで、水金の駒絵がはじまります。 1899年、坂本熊次郎が 二重焼きを創案します。明治期から廃藩置県により藩の援助がなくなったことに加え、交通の発達による他産地との競争激化、差別化を図ろうとした窯元は知恵を絞りました。この努力が現在の大堀相馬焼の「青ひび」「二重焼」という個性を生み出します。
海外輸出へ
戦争による大きな打撃により、太平洋戦争の終結時まで大堀相馬焼は冬の時代を迎えました。 しかし戦後、アメリカへの輸出で産地は一気に再興しました。1950年、二重の湯呑み「Made in Japan」の刻印をして輸出したことで一大ブームに。アメリカでは「アイディアカップ」、「ダブルカップ」という名称で愛用されました。そして、1978年に通産省(現 経産省)の伝統的工芸品の指定を受けました。バブル崩壊後は、昔から続いていた一子相伝による、新規参入の敷居の高さや、市場の動きについていけず、売上は年々減っていき、後継者もいなくなり、廃業する窯元も少なくありませんでした。
陶芸の社 おおぼり二本松工房
2011年3月11日東日本大震災が発生します。産地である浪江町は帰宅困難区域に指定され、25件の窯元が離散。現在は福島、二本松、郡山、南相馬、会津、愛知、大分など県内外で再建しています。それぞれが新天地で浪江町の貴重なアイデンティティを残すために日々新しい作品を作りつづけています。2012年、大堀相馬焼協同組合が二本松市に「陶芸の杜 おおぼり二本松工房」建設。2015年までに10窯元が再興。作陶を続けています。
大堀相馬焼の特徴-馬の絵-
旧相馬藩の「御神馬」が描かれており、別名「左馬」それは「右に出るものがない」という意味から縁起良いとして地域では親しまれてきました。狩野派の筆法といわれる「走り駒」の絵で、相馬藩の御神馬が熟練された筆使いで手描きされています。
大堀相馬焼の特徴-ひび割れ-
貫入音と共に「青ひび」といわれるひび割れが、器全体に拡がって地模様になっています。”うつくしまの音 30景”にも選ばれた美しき音色 貫入音(かんにゅうおん)素材と釉薬との収縮率のちがいから、焼いたときの陶器の表面に繊細な音を伴って細かい亀裂が入ります。これを貫入と呼びます。大堀相馬焼は、この貫入によって「青ひび」の地模様が刻まれます。
大堀相馬焼の特徴-二重焼-
「二重焼」という構造です。入れたお湯が冷めにくく、また熱い湯を入れても持つことが出来まます。この技法は大堀相馬焼しかない、珍しい技法です。元々、大堀相馬焼は生活に溶けこんだ陶器であり、使いやすいように試行錯誤した結果、このような技法になったと言えます。
大堀相馬焼の特徴-多様性-
大堀相馬焼を少しでも使いやすく、身近にしたいという想いから様々な釉薬や形を試行錯誤を励み、結果として多くの商品が生まれてきました。青ひびだけでなく、カラフルな釉薬の色が特徴です。身近に利用しやすいシリーズとなっております。
KACHI-UMA
疾走感あふれる馬の画が、今にも飛び出してきそうな迫力で陶器に刻まれています。 従来の手書きの絵の馬にとらわれず、新しい発想と感性で描かれた「馬」で表現しよう。 そんな想いから今回の企画が始まりました。

従来の手書きの絵の馬にとらわれず、新しい発想と感性で描かれた「馬」で表現しよう。 そんな想いから今回の企画が始まりました。

【工程】成形
陶器をつくる製造工程の中で、最も重要な部分が成形です。大堀相馬焼きではろくろ成形を主として行っています。
【工程】削り・乾燥
生渇きの成形品を製品に応じて高台削り、外削り、また飛びかんななどの装飾を行います。その表現法により、半乾きのときに行う花抜、泥塗り、菊押し、また完全に乾燥させた状態で行う彫り等があります。
【工程】素焼き・下絵付け
吸水性のある素焼の表面に、呉須という鉄分を含んだ絵具で走り駒、山水、松竹梅などの絵を筆で描きます。
【工程】釉がけ
浸しかけ、回しかけ、流しかけなどの方法で「うわぐすり」をかけます。
【工程】本焼き
釉かけの終わった作品を窯に入れ、1250度から1300度で本焼きします。
【工程】墨入れ
出来上がった製品の「ひびわれ」をはっきり見せるため、墨汁を擦り込んで布でふきとり、完成品とします。
京都女子大学 生活デザイン研究所
提供: ストーリー

【資料・テキスト】
大堀相馬焼協同組合

【英語サイト翻訳】
・エディー・チャン

【サイト編集・制作】
・内藤有紀枝 (立命館大学文学部地理学専攻)

【プロジェクト・ディレクター】
・前﨑信也(京都女子大学 准教授
・山本真紗子(立命館大学)

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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