「有田の歴史」
日本で最初に磁器を焼く
有田を含む肥前地区では、16世紀末から唐津を中心に陶器づくりが行われていました。その技術は、文禄・慶長の役(1592~98年)のとき、日本に連れて帰られた朝鮮人陶工たちによってもたらされました。有田周辺で磁器を焼いた窯跡を調査すると、草創期の磁器は、陶器と一緒に焼かれたのが見つかります。この時期の磁器生産の中核は、有田西部の窯場でした。1616年に有田に移住したといわれる金ヶ江三兵衛(李参平・りさんぺい)などの朝鮮半島出身の陶工集団が中心となり、おもに中国風の染付磁器を生産していました。初期伊万里様式(草創期~1650年代頃)と呼ばれます。