伊勢出身の彫刻家橋本平八の本領が、木を素材とした彫刻作品の制作にあったことはよく知られている。現在作品も大部分は木彫であるが、初期に猫を主題とした塑像が一つあり、これを基に木彫の猫が制作されることになる。
木を切り刻む木彫と粘土を積み上げて形をつくる塑造とでは、制作上の意識もおのずと異なったであろうが、完成した作品からはそうした技法の差異による戸惑いは全く感じられない。彼はこの作品について「自分の肖像であり、身構え、心構えであり、技巧の上には方式である」と述べている。
ピンと立った両耳からくっきりした目鼻立ちにかけての表現、背中から腰にかけての凹凸を的確に表現した肉付けなどに、作者の鋭い観察眼と卓抜な造形力を見ることができる。
《猫 A》やこれに続く《猫 B》は、直接的には密度の高い動物彫刻を得意としていた師佐藤朝山(1888-1963)の作品から強い影響を受けていると思われるが、そこには既に後の平八作品に一貫して流れる、対象の形態に対し徹底して肉薄しようとする姿勢を見ることができる。