伊勢古市・寂照寺の画僧月僊は、もともと円山応挙(1733-1795)や与謝蕪村(1716-1783)の影響を強く受け、円山四条派の温雅な絵画表現を基調として自己のスタイルを確立した。 しかし、月僊は室町絵画や中国画なども貪欲に研究し、当時の最先端技術であった西洋絵画にも強い関心を示した。それは、江戸の洋風画家・司馬江漢(1747-1818)が伊勢に立ち寄った際、酒食をもてなして、西洋画法の伝授を乞う月僊を煩わしく思った江漢が逃げ出したという逸話からもうかがえる。 《東方朔図》は、小品が多い月僊画としてば大作に属し、しかも洋風表現が試みられた貴重な作品。桃は、仙果といわれ、不老長寿をもたらす。東方朔は、西王母という仙人の仙桃を盗んで食べ、仙術を得て、800歳の長寿を得たという。古来、めでたい主題としてしばしば描かれる。 人物の容ぼうに見られる陰影表現や、写実的な果実・樹葉の描写は、西洋絵画の表現を強く意識している。こうした表現には、目で見たものをありのままに描き出すという、実用技術としての絵画技法に対する月僊の強い憧憬が込められている。制作年代は不明ながら、30代の前半、伊勢に住むようになってほど遠くない時の作と見る説もある。