その作者の名前も知らず、落款も見ないままにこの絵を目にしたなら、多くの人が近代以降の作品と見紛うのではないか。筆者・司馬江漢(1747〜1818)は江戸時代に「西洋画士」の称号をほしいままにした画家だが、銅版画からも油彩画からも遠ざかっていた晩年の風景画でようやくその本領が発揮された感がある。
款記から文化9年の京都滞在中に描いた作品とわかるが、これは江戸から関西への道中に目にした景色なのだろうか。富士の巨大な山塊と、その麓にのびやかに広がる田園。その手前にはまるで漫画ようにほのぼのと民家が描かれ、「写実の追求」というモットーだけでは収まらない、この画家の懐の深さを感じさせる。