ルドンは50歳を過ぎて、鉛筆や木炭、石版画による「黒」を主体とした表現から、油彩やパステルによる華やかな色彩世界へと移行した。描かれる対象も、独自の幻想によって生み出された奇怪な生物たちから、花や神話世界へと変化する。その中に、ケンタウロスや戦車を駆るアポロン、そしてペガサスがあった。特に戦車を駆るアポロンは、ルドンが少年期から敬愛していた色彩の画家ドラクロワが、ルーヴル宮天井画の中央部に選んだモチーフであり、闇に対する光の、混沌に対する神々の叡智の勝利を示すものであった。したがってその主題はまたルドン自身の転換点にもなぞらえられ、繰り返し描かれた。 これらの作品と同じ時期に描かれた本作品のペガサスに乗るミューズの姿は、その図像の源泉をたどるとペガサスに乗るアウロラにたどりつく。アウロラは「曙」をつかさどり、ヘリオスの引く太陽の戦車を先導する女神である。一方、ミューズは芸術家にインスピレーションを与える詩神であるが、9人のミューズたちが、その詩的霊感の水を飲むとされるヒッポクレネの泉は、ペガサスの蹄のあとから湧き出たものである。ヘリオスは光明神であり、また音楽の守護神たるアポロンとしばしば同一視され、ペガサスは霊的な教化力によって悪をも超克する知徳の象徴であった。こうした背景から、おそらく本作品は詩をこよなく愛したルドンが、詩と絵画と知の力によって飛翔する自らの生を謳い上げたものであり、その高揚感を示したものと考えられる。