独庵玄光(1630~1698)は江戸前期の曹洞禅僧。肥前国出身。字は蒙山。晩年は独庵と号す。黄檗宗の道者超元にも参じ、長崎晧臺寺4世となる。河内龍光寺、摂津大道寺の中興にも尽力した。月舟宗胡とともに、宗統復古運動の先駆者の一人として評価が高い。法嗣には日本初の本格的な曹洞禅僧の伝記『日域洞上諸祖伝』を著した湛元自澄がいる。独庵は詩文に秀で、荻生徂徠や新井白石といった当代きっての儒学者たちから儒学者に勝る文才であると称えられた。
本図は独庵が自ら賛を記した頂相(禅僧の肖像画)で、以下に記した自賛は独庵撰『護法集』にも収録されている。
また箱書には「当山開祖独庵老和尚真賛 大道禅寺」とある。大道寺は独庵が中興し、明治初年に廃寺となった大阪府大阪市東淀川区にあった寺院。この箱書は本頂相が大道寺に開創以来伝わってきたということを示し、来歴を明らかにする貴重な記述である。