マリア・イスキエルドは、メキシコを代表する女性画家の一人である。1936年にメキシコを訪れた詩人アントナン・アルトーによって「真にインディオ的なインスピレーションを発散している」と賞賛された彼女は、シュルレアリスムの影響を受けながら、メキシコ美術との融合による独特の画風を生み出していった。
この作品には、イスキエルドがモデルのアンリ・ド・シャティヨン氏を前に、イーゼルを立てて絵を描いている場面が表されている。イスキエルドの存在は絵筆を持つ手によってのみ示されているのだが、画中画が明らかにイスキエルドの作品であることからみて、この手がイスキエルドのものであることは確かだろう。シャティヨン氏は白いスーツ姿で、帽子を手にポーズをとっているが、画中画では青いシャツ姿で帽子を被っている。しかし、二人のシャティヨン氏は異なった姿でありながら、同じ筆致で描き出されることにより、同じ現実性を帯びている。このように現実と虚構の間の境界線が曖昧となったイスキエルドの世界は、私たちに不思議な印象をもたらす。また、背景の植物や空も、画中画では違うものとなっており、不思議なイメージの創出に一役買っている。
イスキエルドの作品の特徴である、技巧に走ることのない素朴な筆致、独特の色使いはこの作品の中でも生かされており、メキシコの女性画家マリア・イスキエルドの存在を強く印象付ける。
(出典: 名古屋市美術館展示解説カード)