洋画家原田直次郎の師として知られるガブリエル・フォン・マックス(1840-1915)は、森鷗外のミュンヘン時代の下宿の隣に住んでいた。鷗外はマックスのアトリエを訪ねて制作を見学していたようで、帰国後の絵画論にはマックスの名がしばしば登場する。
プラハに生まれたマックスは、プラハ、ウィーン、ミュンヘンのアカデミーで学んだ後、1879年から83年までミュンヘンのアカデミー教授を務め、歴史画の指導を行なった。主に神話や聖書、文学作品に取材した作品を手がけたが、自宅に飼っていた猿を擬人化した風刺的な作品も知られている。
この作品は、プラハで開催されたボヘミア芸術家協会の年次展覧会に出品されたもの。テレーゼ・メルルはチロル地方の女性で、聖痕(キリストが処刑された時の傷が体にあらわれる現象)があったとされ、この作品が描かれた1868年に亡くなった。暗い部屋に灯る蝋燭が神秘的な雰囲気を生み出し、荒い筆致で描かれた白い布が、まさに今、神の花嫁となった女性の、血の気の失せた顔を荘厳している。
聖痕を受けた女性信者という主題は、ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)所蔵《聖女カタリーナ・エメリッヒの法悦》(1885)でも描かれており、オカルティズムに傾倒していたマックスの、超常現象への関心の深さがうかがえる。