後漢の代、二世紀末から三世紀初頭の中国は黄巾党の乱に端を発し戦国乱世の状況であった。
各地で覇権をかけて群雄割拠し中でも曹操・孫堅の二人は二大勢力を築きあげていった。
漢王朝の流れを汲む劉備玄徳も又、「三顧の礼」で迎えた諸葛亮孔明の説く「天下三分の計」に感じ入りやがて「蜀」を建国、「魏」の曹操、「呉」の孫権と共に三国時代を迎えるのである。
野望に燃える曹操は「呉」「蜀」を脅かしついに長江「赤壁」で激突した。
曹操軍八十万、二千隻の大船団、一方劉備・孫権の連合軍わずか五万。
しかし軍師「孔明」は東南の風を呼び起こし「火攻の計」で見事勝利したという。
ねぶたは曹操と蜀の英雄・関羽の対決の場面である。
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