斎藤与里は埼玉県出身。1905年京都の聖護院洋画研究所に入所、浅井忠、鹿子木孟郎に素描を学ぶ。1906年鹿子木とともに渡欧、フランスのアカデミー-・ジュリアンでジャン=ポ-ル・ロ-ランスに油絵を学んだ。同地で後期印象派にひかれ、セザンヌやゴ-ギャンの感化を強く受けて1908年に帰国、翌1909年第7回太平洋画会展に滞欧作品を発表、人々に新鮮な衝撃を与えた。1912年、高村光太郎、岸田劉生らとともにフュウザン会を結成、銀座で最初の展覧会を行い、主観的かつ革新的な内容とフランスの後期印象派的近代主義を示すことにより、古典的傾向が主流となっていた大正期洋画界の進展に大きな役割を果たした。1915年第9回文展に初入選。翌年の第10回文展ではシャヴァンヌの装飾壁画の感化が窺える作品が特選となった。1924年牧野虎雄と槐樹社を創立。1927年第8回帝展で特選を受賞。1931年槐樹社を解散し、翌年東光会を創立した。
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