キース・ヘリングと日本

1983年から1988年にかけて、キース・ヘリングは幾度か日本を訪れました。それらの旅は彼にたくさんのインスピレーションを与え、2つ目のポップショップを東京に開店することになりました。そのショップは短期間で閉まってしまいましたが、日本のポップカルチャーに多大なる影響を与えました。

ドキュメント写真(川島 義都)出典: Nakamura Keith Haring Collection

1983年2月

初来日となるこの年、キース・ヘリングは、ギャルリーワタリ(東京)にて日本では初となる個展を開催しました。

ドキュメント写真(川島 義都)出典: Nakamura Keith Haring Collection

この旅には、ヘリングが才能を見出していた若きライター(*1)であるLAⅡ(エル・エー・ツー/リトル・エンジェル・ツー)ことエンジェル・オーティツも同行し、ギャルリーワタリのそばに位置する「ON SUNDAYS」の室内と外壁に共同で壁画を描きました。

ドキュメント写真(川島 義都)出典: Nakamura Keith Haring Collection

歴史を残す

この建物は2018年に壁画の保存のために解体されました。

Google Mapのストリートビューでは、検索した場所をまるで散策するかのように見ることができることで知られていますが、「タイムマシン」という機能を利用すると、過去に撮影された街並みをさかのぼることもできます。 ヘリングの壁画はその後さまざまなアーティストの表現の場となりました。ぜひその変遷を辿ってみてください。

ポップショップ(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

1986年7月

《ポップショップ東京》オープンのオファーを受けたヘリングは、打ち合わせと現地調査のため2度目の来日を果たします。

缶バッヂ(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

ポップショップ

ヘリングは、より多くの人々とアートを通じてコミュニケーションをとるために、1986年に自らのグッズを販売するポップショップをニューヨーク市のダウンタウンに、そして2年後には東京にオープンしました。オリジナルグッズは、ヘリングならではの様々なメッセージやコンセプトが込められた言わば作品の延長でもある存在です。

ドキュメント写真(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

1987年 5月、10月

1980年代後半は世界中を駆け巡りながら各地でプロジェクトを実施していました。

この年、ヘリングは2度来日しています。 5月には日本オブジェクトコンペティションに審査員として参加し、多摩でのプロジェクトの打ち合わせを行ないパリへ。 10月にはロンドンから舞い戻り、多摩での子どもたちとのワークショップを実施。

それから、翌年始に控えた《ポップショップ東京》オープンに向けた準備を行ないました。

ドキュメント写真(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

子どもたちとのコラボレーション

1987年10月、東京都多摩市で子どもたちとのワークショップを行いました。
戦後日本最大規模の都市計画、多摩ニュータウン、文化の殿堂として建設された文化複合施設「パルテノン多摩」の開館記念として開催されました。

屋外会場には6歳から8歳までの子どもたち数百名が集まりました。6枚のパネルに描かれたキースの人型を基調に、子どもたちが思い思いに作画し、また、サウンド・フルーツ・プロジェクトと題し平和の祈りを込めて、キースがデザインした木のオブジェに、子どもたちが彩色した鈴が自由に吊り下げられました。

ドキュメント写真(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

自由の展示室(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

「平和」、「マイ・タウン」(1987年、財団法人多摩市文化振興財団蔵)

中村キース・ヘリング美術館での展示の様子(2017年)

茶碗(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

「陶器工房(名古屋の)に、6時頃着いた。2時間でお茶碗の形を選んで試し書きをする予定だった。結局4時間かかったけど、子供たちと一緒に小さなお茶碗4個と大きなお椀2個に絵付けをした。中には形象的な文様で、日本というよりアフリカかインディアンの模様に見えるものも。とてもシンプルな魚を描いた子もいた。描けば描くほど、釉薬をどう焼き物に付けるかわかるようになった。『はまって』しまって、もう帰りたくなかったほど。」*2

キース・ヘリング

ドキュメント写真(岸田 晃)出典: Nakamura Keith Haring Collection

1988年1月、7月

この年は1月30日に控えた《ポップショップ東京》オープンに向けて来日。 7月の来日では広島へも赴きました。

ドキュメント写真(岸田 晃)出典: Nakamura Keith Haring Collection

ポップショップ東京の準備中、店舗となるコンテナの前で取材に応じるヘリング。

スリッパ(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

「伝統に従って、店に入るときには入口に靴を脱いでもらうことにした。ぼくはキース・ヘリング・スリッパをデザインして、客はこれを履いて店に入るという段取りだ。」*3

キース・ヘリング

オープニングイベントへの招待状(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

紙袋(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

ショップバッグ(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

扇子(ポップショップ東京)(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

君を守りたい(1988) - 作者: キース・ヘリング中村キース・ヘリング美術館

ヒロシマ 平和がいいに決まってる!!(キース・ヘリング)出典: Nakamura Keith Haring Collection

広島平和プロジェクト

1988年8月、原爆ドームの前を流れる太田川(本川)の対岸にある、広島市立本川小学校の壁面に、モザイク画を描く企画がありました。残念ながら壁画制作は実現できませんでしたが、同年 広島平和コンサート「平和がいいにきまってる!!」ポスターのメインイメージを描きました。広島平和記念資料館に訪れ、被爆の惨禍を目の当たりにし、二度とあってはいけないと日記に残しています。

「1人で毎朝案内を求める様子は必至で、壁画制作には材料を持参するとまで言って、熱心でした」
-3日間アテンドをしたピカソ画房の花澤良章さん談

提供: ストーリー

All Keith Haring Artwork ©The Keith Haring Foundation

Special Thanks to

公益財団法人多摩市文化振興財団
和久井 孝之 様
高橋 淳 様

*1:ライティング(グラフィティ)のかき手
*2:1987年10月27日「キース・ヘリング・ジャーナル」より
*3:ジョン・グルーエン『キース・ヘリング』、リブロポート、 1992、25頁

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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