作成: 経済産業省
コミケットで同人誌を販売するサークル。Photo by Comic Market Committee
日本のマンガ文化の大きな特徴でもある幅広い裾野を、さらに拡げている「同人誌」。それと切っても切れない関係にある「コミックマーケット」。いずれもマンガ作品をより楽しむ方法としての二次創作を中心としながら、それだけにとどまらない多様な表現の宝庫となっており、多くのクリエイターや制作者を生み出す「ゆりかご」にもなっている。マンガ評論家・同人誌研究家の三崎尚人が「同人誌」と「コミックマーケット」の実態と歴史を解説。
さまざまな同人誌出典: 撮影=コミックマーケット準備会
同人誌とは?
元々は、趣味趣向を同じくする人達が集まって、自分たちの作品を発表するために編集・発行された自費出版物のことを「同人誌」と呼ぶが、近年は印刷料金を個人で負担できる程度に安価になったこともあり、むしろ個人制作の方が多い。1980年代後半以降日本において爆発的に広がった。マンガが中心ではあるが、小説・評論・情報といったテキストや、音楽・映像・ゲームなどの自主制作も「同人(誌)」の範疇に入り、商業ベースで流通するものとは異なる多様な自己表現手段として普及している。
2013年8月10〜12日、東京ビッグサイトで開催されたコミックマーケット84の東展示棟出典: 撮影=コミックマーケット準備会
コミックマーケットとは? その1
世界最大級の規模
コミックマーケットは、マンガ・アニメ・ゲーム及びその関連ジャンルの同人誌の展示即売会であり、通常は夏・冬の年2回、東京ビッグサイトの全施設を使って3日間開催されている。出展サークル数は日替わりで約3万5千、のべ来場者数は約50万人強。3000人を超えるボランティアスタッフがコミックマーケット準備会を構成し、これを運営する。サークルが制作した約1000万冊の同人誌が搬入され、約800万冊が頒布される、世界最大級の同人誌即売会でありマンガ・アニメ・ゲームのイベントである。略称:コミケット・コミケ。
コミケットの行列を夜明け前から撮影した早送り動画より(2011年12月31日、コミックマーケット81の3日目、東京ビッグサイト、西待機列)出典: 動画撮影=munyaka(むにゃか)
コミックマーケットとは? その2
一般参加者の行列がすごい!
日本だけでなくアジア圏を中心に世界各国から集まる来場者が、1日あたり約15~20万人となるコミケットでは、早い時間から入場を待つ長い行列ができる。その列は、東京ビッグサイトの敷地では到底収まらず、周囲の公園、駐車場等に収容されている。手際よい準備会スタッフの誘導により、午前10時の開場後、概ねお昼過ぎには行列は解消される。参加サークル全ての絵と配置が掲載された約1400ページの冊子のカタログが販売されているが、通常の開催では入場は無料である。
コミケットの行列を夜明け前から撮影した早送り動画(2011年12月31日、コミックマーケット81の3日目、東京ビッグサイト、西待機列)出典: 動画撮影=munyaka(むにゃか)
コミケットで同人誌を販売するサークル出典: 撮影=コミックマーケット準備会
コミックマーケットとは? その3
個人でも「サークル」
同人誌を制作・発行するにあたり集まった集団をサークルと呼ぶ。個人活動が主流の現在においても、活動の単位として「サークル」という言葉は使われ続けている。コミケットを含む一般的な同人誌即売会では、会議机の半分(幅90cm×奥行45cm)とイス1~2脚がひとつのサークルに提供され、様々なディスプレイを施して、そこで自己の表現の結実として同人誌を展示・頒布する。
1回の参加費は即売会によって異なるが数千~1万円程度。同人誌の印刷費や交通費などを加えていくと、参加するサークルの約7割は赤字での活動だが、それでも自分の本をつくり、同好の仲間とコミュニケーションしながら頒布したくなる魔力が同人誌にはある。なお、コミケットに参加するサークルの約6~7割は女性である。
コスプレイヤーとそれを撮影する人々出典: 撮影=コミックマーケット準備会
コミックマーケットとは? その4
身体表現としてのコスプレ
コスプレのみに特化したイベントも数多く開催されているが、パロディ・二次創作を受け入れている同人誌即売会の多くでは、コスプレでの参加が認められている。コミケットではのべ約2万人のコスプレイヤー(内約7割が女性)が集まり、この点でも有数の規模となっている。マンガ・アニメ・ゲームの様々なキャラクターに扮するのが一般的だが、特にコミケットではマスコミの取材や一般の撮影者も多いため、「ネタコス」と言われる時事ネタ、風刺ネタ、面白ネタに挑むコスプレイヤーが他のイベントや即売会よりも多いのが特徴。こうした「身体表現」もまた、参加者による自己表現に他ならない。
1977年12月18日、大田区産業会館で行われたコミックマーケット7と思われる会場内の様子。サークル数131、参加者数は推定2,500人。出典: 撮影=コミックマーケット準備会
同人誌・コミケの歴史 その1
マンガ・アニメブームを背景にした初期(1960年代末~1980年代前半)
1967年から1971年まで定期刊行されたマンガ雑誌『COM』の読者投稿コーナー「ぐら・こん」が日本各地の同人サークルの交流を促し、1972年から始まった日本漫画大会でのファンジン(同人誌)即売が好評を博すなか、日本漫画大会の運営に不満を持ち、異を唱えた人々を中心に1975年12月に同人誌即売会コミックマーケットが始まった。
また、1970年代前半のミニコミ誌ブームもこうした流れの背景にあり、若者が自己表現のメディアのひとつとして同人誌を選んだとも言える。当時の少女マンガブームやアニメブームによってマンガ・アニメファンが広がりを見せる中、コミケットもその規模を大きくしていく。
1990年8月18〜19日、幕張メッセで開催されたコミックマーケット38。サークル数13,000、参加者数23万人。前回から来場者が約2倍に増加し、会場を一周するほどの行列になる出典: 撮影=コミックマーケット準備会
同人誌・コミケの歴史 その2
全国的に認知された拡大期(1980年代後半~1990年代後半)
『キャプテン翼』のパロディ・二次創作ブーム以降、コミケットは急速に規模を拡大し、広く全国のマンガ・アニメファンにおける認知を得る。日本全国で様々な同人誌即売会が催され、特に中規模の即売会が東京・大阪などの大都市圏で頻繁に開催されるようになる。また、同人誌専門の印刷会社が増加し、印刷会社による直接搬入や宅配便による搬入出などが即売会に導入されるとともに、同人誌の委託書店や中古専門店、コスプレショップなどの関連企業も生まれ、現在のエコシステムの基礎がこの時期に確立される。
2004年8月13〜15日、東京ビッグサイト開催されたコミックマーケット66の一般参加者待機列。サークル数35,000、参加者数51万人出典: 撮影=コミックマーケット準備会
同人誌・コミケの歴史 その3
デジタル化の影響を受けた成熟期(2000年~)
いわゆるアキバブームや萌えブームにより、マンガ・アニメ・ゲームへの一般層の関心が高まる中、コミケットや同人誌の認知は更に広がっていく。2000年代より急速に進んだ執筆環境のデジタル化やメディアの多様化は、2006年のニコニコ動画、2007年のpixivの登場などと相まって、同人文化・同人表現の有り様にも大きなインパクトを与えた。とはいえ、Webの世界でもてはやされたCGM(Consumer Generated Media、消費者生成メディア)・UGC(User Generated Contents、ユーザー生成コンテンツ)は、コミケットや同人誌では以前から当たり前のように存在していたもので、その親和性は非常に高い。
漫画新批評大系出典: 写真提供=三崎尚人
マンガで遊ぶことの楽しさ
同人誌とパロディ・二次創作
コミケットの創立メンバーを中心としたサークル「迷宮」が作った評論同人誌『漫画新批評大系』には、萩尾望都の『ポーの一族』のパロディ『ポルの一族』が掲載され、大人気を博した。このようにコミケットの初期からパロディ・二次創作は存在し、創作することの孤独さを打ち消すとともに、マンガで遊ぶことの楽しさを知らしめることになる。共通言語・コミュニティツールとしてのパロディ・二次創作は、同人誌の重要なファクターとなり、1980年代後半の『キャプテン翼』の爆発的なブームにより、質的・量的なある種の変革を遂げることになる。現在のコミケットにおいて、パロディ・二次創作のサークルは全体の約2/3を占めている。
コミケットに参加する人々の関係図出典: *コミケット公式の図を元に美術出版社が製図
「参加者」が支える「場」
コミケの理念
コミケットは、その理念において自らを〈同人誌を中心としてすべての表現者を許容し継続することを目的とした表現の可能性を広げる為の「場」である〉と定義している。その上で、この「場」に集う人々を「参加者」とし、お客様としてではなく、それぞれの立場から「場」の成立・維持に主体的にコミットすることを求めている。
こうしたスタンスが、巨大イベントに成長したコミケットの運営を参加者が自律的に支えている重要な要素であるとともに、それぞれの参加者の「場」への想いが共同幻想として共有されてもいる。
文:三崎尚人
編集:小林沙友里、福島夏子+宮﨑由佳(美術出版社)
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社
2020年制作