トレーン部分に使用された重厚な絹ブロケードに織り出された葉模様は、シダか芭蕉にも見え、日本趣味を感じさせる。このモチーフはリヨン歴史染織美術館が所蔵している日本製テキスタイルと類似し、これを参考にしてリヨンで製作された可能性が大きい。19世紀後半、パリ・オートクチュールの素材を一手に生産していたリヨンの絹織物業者は、新たなデザイン・ソースとして当時流行のジャポニスムに視線を向けていた。
1880年代後半、バッスルは縮小し、ドレス全体が簡潔なシルエットになっていく。スカートの後ろ腰はバッスル・スタイルの名残を残しつつも、極端なフォルムは姿を消し、シンプルなラインへ変化していった。