鳥居派は、鳥居清信(1664年–没年不詳)を祖とする絵師の一門。創始期から江戸歌舞伎と深く結びつき、劇場の看板絵や番付、役者絵を数多く手がけました。その歌舞伎との結びつきは現代にまで及び、鳥居派は現在までに九代を数えます。祖である清信は役者絵と美人画の双方に取り組み、菱川派や懐月堂派と並んで初期浮世絵を先導する重要な役割を果たしました。とりわけ清信と二代目清倍(清信の子または弟とも伝わる)が用いた、太細の強弱を誇張した線描「ひょうたん足みみず描き」は、初代市川團十郎の荒事の豪快な演技を効果的に描写し、鳥居派の代名詞となりました。
菱川派、懐月堂派、宮川・勝川派、歌川派など多くの流派が盛衰を重ねるなか、鳥居派は江戸時代を通してその系譜を保ち続けました。その中でも四代目当主・清長(1752–1815)はとりわけ著名で、それまでの鳥居派の枠組みを超えて独自の表現を展開しました。役者絵の分野では、役者とともに歌舞伎音楽の語り手(太夫)や三味線演奏者を描いた「出語り図」を生み出し、美人画では八頭身に近い均整のとれた女性像を描き出しました。その清長風の女性表現は、のちに喜多川歌麿ら多くの絵師に受け継がれていきました。
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(参考文献)
武藤純子「初世鳥居清倍考」『浮世絵芸術』 第106号、1992年
安田剛蔵「鳥居清信・清倍論」『浮世絵芸術』、1987-1988年
『鳥居派の役者絵』 平木浮世絵財団・リッカー美術館、1972年