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沢庵宗彭(1573~1645)は、但馬国出石の人で、当初董甫宗仲に随い、のち大徳寺三玄院に入り春屋宗園に参じて法諱を宗彭と改めた。さらに一凍紹滴の門に入り、沢庵の道号を授かり、大徳寺第153世住持となったが、三日にして堺南宗寺に隠退したと伝えられる。 紫衣事件に際して出羽に流されたが、後に徳川家光の帰依を受けて品川・東海寺の開山となった。公家や武家などとの交際も広く、和歌をよくし、讃沢庵と揶揄されるほど多くの着讃を遺した。
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