旗亭(料亭)の一室にたたずむ一人の女性は、戦前の日本で一世を風靡した歌手であり芸者であった市丸です。小早川は好んで彼女をモデルにしました。彼はそれまで、浮世絵やキリシタン文学に取材した作品を制作していましたが、本作品では同時代の風俗を描いています。団扇を手に涼を取る市丸の隙のない美しさが見事に写し取られた本作品は、一女性の肖像であることを超え、静かな情緒に満ちた典型美の域にまで達しています。
福岡市出身の小早川は1912年頃上京し、鏑木清方のもとで日本画を学びました。1933年、第14回帝展に出品され特選を受賞したこの作品は、小早川が本格的に同時代の女性の風俗を手がけるきっかけを作った記念すべき制作です。