もともとロートレック(1864-1901)は、アカデミックで伝統的な芸術観に基づいた美術教育をレオン・ボナやフェルナン・コルモンら当時の「巨匠」たちから受けていた。しかし、マネやドガ、そして同じコルモン門下のファン・ゴッホ(Van Gogh)の仕事から決定的な影響を受け、アカデミックな芸術の王道からは大きく逸脱する様式と主題に取り組むようになった。例えばここにみられるカフェやキャバレー、劇場、サーカスといったパリの風俗を、新しい空間表現を試みつつ、盛んに描いている。
この作品は、パリのモンマルトルにあるカフェ=コンセール「ディヴァン・ジャポネ」(日本の長椅子)のために制作されたポスターである。舞台で繰り広げられるショーに見入っている黒づくめの女性はロートレックの作品に頻繁に登場する踊り子ジャンヌ・アヴリル、彼女に気をとられている男性は批評家のエドワール・デュジャルダン。舞台上で歌う女性は、身につけた黒い手袋が歌手のイヴェット・ギルベールであることを暗に示している。人物を画面中央に大きくとらえた大胆な構図や、単純化された輪郭線と平板な色面の組み合わせによる表現を特徴とするこのような新しいポスターは、ロートレックによりもたらされた。さらにまた、ここには作家が強い関心を抱いていた日本の浮世絵版画の影響も指摘できるだろう。