慶長九年(一六〇四)八月に行われた秀吉七回忌祭典の情景を描いている。本図は岩佐又兵衛筆と伝称され、江戸時代は高野山の光明院に、明治時代になってからは蜂須賀家に伝えられ、昭和八年徳川美術館の所蔵品となった。右隻は豊国神社の社頭における田楽猿楽と祭の行列を写し、左隻には方広寺大仏殿を背景に、上京・下京の町衆が揃いの華美ないでたちで、豊国踊に熱狂する光景を描いている。一双で千人近くの人物を大画面に構成し、しかも様々な姿態で躍動する人々を、華麗な彩色と力強い筆致によって見事に描いている。
蜂須賀家伝来。