岩座に腰掛けて火炎に包まれた忿怒形相の不動明王が、渋く濃い黄色で描かれている。宗教性よりも装飾性の強い絵画といえる。
五大明王のひとつで外道を降伏させる不動明王は、仏画では忿怒の形相の色彩化として赤不動、青不動、黄不動などの諸相で描かれてきた。この作品は右手に降魔剣を、左手に羂索を持ち、左脚を組む黄不動の姿だが、作者の意図は黄色い不動を描くことではなく、全体の色彩バランスから茶色がかった濃い黄色が選ばれたにすぎない。これは仏画としての不動ではなく、作者の意識ではあくまで日本画なのである。頭髪の細い線、体の輪郭の確実な朱線、岩の質感を表す抽象的な線、片側をぼかした炎の線などを巧みに使い分け、また、体躯の黄と炎の赤との間に墨をしき、衣を薄青、白、赤と描き分けて朱線と赤衣に距離を置くなど、描線、色彩ともに熟慮されている。紀元二千六百年奉祝展に出品されて、仏画としての視点から大きな物議をかもしたが、それこそが作者の意図だったのかもしれない。(執筆者:薩摩雅登 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)