海中にそびえ立つ巌の上に、楊柳の小枝を挿した水瓶をかたわらに置き、くつろいだ姿で坐す楊柳観音と、波間に浮かぶ蓮の花びらに乗ってその姿を礼拝する善財童子(ぜんざいどうじ)。『華厳経(けごんきょう)』入法界品(にゅうほっかいぼん)に基づいた図像で、観音菩薩が住むという補陀落山(ほだらくさん)の様相が、洗練された技法で繡いとられている。とりわけ着衣を埋め尽くす亀甲や麻の葉つなぎ文様は、文様の形状にあわせて緊密に配した平金糸を、黄色の別糸でゆるみなく縫い綴じて表現されており、その卓越した繡技に息をのむ。
本作品には、元時代に杭州で活躍した禅僧・愚極智慧(ぐごくちえ)による元貞元年(1295)の賛があり、製作地および製作年代の下限を伝え貴重である。ひと針ひと針の積み重ねによって尊像を繡いとる繡仏は、東アジアにおいて古代から製作されていたが、日本では、鎌倉時代から室町時代を中心に、来迎図など阿弥陀仏の信仰に関わる主題が、個人の礼拝用として盛んに製作された。この作例を通して、同時代の中国においても、個人の礼拝に適した小ぶりの繡仏が愛好されていたことを確認できる。