イギリスによるインドでの植民地支配が本格化した19世紀後半は、政治経済のみならず、文化芸術面での近代化が推し進められた。ラージャー・ラヴィ・ヴァルマーはこの時代に活躍したインド近代美術のパイオニアで、インドの様々な神話や伝説、肖像画、エキゾチックな女性像などを、西洋絵画の写実的な様式で描き出し、イギリス人主導の美術界やインド各地の宮廷で名声を博した。また1892年にはドイツ人技師の協力を得てムンバイにラヴィ・ヴァルマー印刷所を設立し、藩王のために描いた油彩画などをオレオグラフ(リトグラフの一種)として大量に印刷したため、特権階級だけでなく、大衆からも高い人気を集め、インドの視覚文化に与えた影響ははかりしれない。この作品はインドの叙事詩『マハーバーラタ』に登場するナラ王の妻ダマヤンティーと愛の鳥ハンサを描写したもので、ヴァルマーの油彩画に基づいて同印刷所で制作された。