西行(さいぎょう)(円位、1118~90)や寂蓮(じゃくれん)(?~1202)をはじめ、平安時代末期を代表する歌人たちが法華経二十八品の一品ずつを歌題として詠んだ和歌の懐紙。各人の位署書などから、治承(じしょう)4年(1180)から寿永(じゅえい)元年(1182)の間に成立したと考えられる。ただし、西行のみは同一機会の懐紙とは考えにくいとの指摘もある。
もとは28紙、ないしは無量義経と観普賢経の分を加えた30紙あったと思われるが、現在は14紙が残り、西行の懐紙は掛幅装に、ほかはアルバム状の台紙に貼り込まれている。橋本経亮(つねあきら)(1755~1805)の随筆『梅窓筆記』をみると、「南都一乗院宮御蔵経文題歌、西行・寂連ソノ外当寺人十二枚ノ懐紙」とあり、興福寺一乗院の旧蔵品で、すでに江戸時代には現在とおなじ14枚であったことがわかる。これ以前は、それぞれの中央付近に折り目が残り、紙背(しはい)には仏書らしきものが書写された痕跡があることから、懐紙の裏を冊子として利用していたのだろう。
これらは現存する和歌懐紙のなかでは最も古く、名だたる歌人たちの筆跡がまとまっている点で重要である。また、西行を伝称筆者とする古筆切(こひつぎれ)は数多くあるが、真筆と目されるものは他に数えるほどしかなく、その意味でもたいへん貴重である。