ゆっくりとした序の舞を舞う若い女性。朱と鶯色を基調としたはれやかな色彩の中に、目元から指先まで緊張感が漂う。
髪を文金高島田に結い、大振袖に丸帯をきちんと締めた若い気品のある女性が序の舞を舞う。序の舞とは特定の曲目をさす言葉ではなく、能の舞の一楽章の名で、序の舞、破の舞、急の舞とあるうちで、最も動きが遅く静かな舞。この女性は面をつけていないから、能の一部を抜粋して練習する仕舞の様子で、当時は、富裕な家庭の女性が教養としてたしなんでいた。江戸時代の女性風俗を好んで多く主題とした松園にあって、当代風俗を描いた貴重な作例。画面中心軸右側に身体を配し、上から3分の1のところで扇子を持つ右手を画面左側へ差し出す明快な構図で、鮮やかな朱で描かれた身体に安定感があるのに対して、淡色で描かれた着物の裾と振り袖が微妙な動きを示している。一切の背景を排して、ゆっくりとした動きの中に左手の指先にまで神経を集中させている若い舞手を描くことで、優美にして緊張感をはらんだ作品となった。(執筆者:薩摩雅登 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)