平安時代のはじめに紀貫之(きのつらゆき)(生没年不詳)らが撰した『古今和歌集』のうち、巻第十二・恋歌二の冒頭より48首が書写される。歌の配列と紙継ぎ目とを比較すると、4紙目と5紙目の間および巻末部分は切断されている。
一見しただけで、具引地(ぐびきじ)に雲母(きら)で夾竹桃(きょうちくとう)の文様を刷りだした舶載の唐紙、緩急抑揚にとむ丸みを帯びた繊細かつ流れるような筆跡に目を奪われる。その運筆は烏丸光広(からすまるみつひろ)(1579~1638)が「あたかも野の花に似て、露を帯びている」と大絶賛している。小野道風(みちかぜ)(894~966)筆とのいわれをもつが、11世紀後半から12世紀前半の書写であろう。切の名称は、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)(1558~1637)が同様の特徴をもつ『古今和歌集』のうち、巻第十・十一・十四の残巻を愛蔵したと伝えることにちなむ。
一般的に、本阿弥切は10行程度の断簡がほとんどで、表面の胡粉(ごふん)が剥落し、文字の判読が困難になるような傷みをともなうものが多い。しかし、本巻は8紙分もが残り、くわえて保存状態もよく、平安貴族の好んだであろう美意識をまったく失うことなくいまに伝えている。出羽(でわ)鶴岡藩主・酒井家の旧蔵品。