看板に刻まれた「小町紅」とは、江戸時代後期(19世紀初頭)に始まる商標で、当時の高級ブランド口紅であった。そもそも「小町紅」の商標は、京都四条通麩屋町東にあった紅屋「紅屋平右衛門」(屋号を紅平)が使用し始めたものである。「小町」とは平安時代前期(9世紀頃)の歌人、小野小町の名にあやかって付けられた冠。絶世の美女だったとの伝説が残る小野小町は、女性化粧料の商標に相応しく、紅屋にとって「美人=紅」を連想させるこの上ないアイコンだったのだろう。
しかし、江戸時代の日本社会には商標制度がまだなく(日本で商標制度が始まるのは明治17年公布の「商標条例」から)、「小町紅」の名は紅平以外の紅屋でも広く使われた―そのためか紅平の引札には「元祖」と謳ったものが多い―。江戸時代後期以来今日まで、玉虫色の高級口紅の名として定着した商標である。