19世紀末、西欧の旧来の空間表現に飽きたらなかったボナールをはじめとするナビ派の画家たちは、日本の浮世絵をはじめとする非西欧の芸術から着想を得てあらたな絵画空間の創造を試みていた。なかでもボナールは「日本かぶれのナビ」と呼ばれるほど、浮世絵に傾倒していた。彼らはまた、絵画というジャンルにこだわらず、版画やポスター、そして家具のデザインを手がけるなど、装飾美術にも関心を注いでいる。
ボナール(1867-1947)によるこのポスターは彼らの守備範囲の広さを物語る一点である。これは、パリで刊行された前衛的な月刊文芸誌『ルヴュ・ブランシュ』の広告のために制作された。同誌には、マルセル・プルーストやアンドレ・ジッド、象徴派の詩人ステファヌ・マラルメの作品などが紹介され、パリの知識人に大きな影響を与えた。ナビ派の画家たちは多くの挿絵を提供し、「『ルヴュ・ブランシュ』の画家たち」と呼ばれたほどである。画面下方には雑誌名が大きく特色ある文字で描き込まれているが、これらは画面を構成する重要な要素となっている。また活字の一部が、ステッキにも見えるように描かれたり(l)、女性の腿にはりついたり(a)して表現され、作家の遊び心も伺える。右下には少年が、女性の背後にはシルクハットを被った後ろ向きの伊達男が描かれているが、3人の人物はほとんど同色で塗られており、色面の微妙な重なり合いのなかにわずかな空間が暗示されている。