東京美術学校開校当初から設置されていた漆工科の最初の教官に抜擢された小川松民による確かな技術を示す精緻な蒔絵の盆。
欅材をベースに黒漆を塗り、その上に熨斗に若松、鉈豆の葉と花を金平蒔絵に金銀の薄肉高蒔絵、胡桃を金高蒔絵で表現し、「仰事ことはてたれハとくとくと 珠子」の歌絵模様を金平蒔絵で表す。裏は梨子地仕上げ。漆の古い作品の模造に秀でた小川松民の優れた伝統技術を示す作品である。
小川松民は本名繁次郎、中山胡民に蒔絵を、池田弧村に絵画を学んだ。博物局の依頼により正倉院宝物をはじめとする多くの名品の模造をこなして熱心な古典研究をよくし、古美術鑑賞や図案研究を行なった龍池会の会員でもあった。第1回から3回の内国勧業博覧会で受賞し審査員も務めたほか明治9年(1876)のフィラデルフィア万博と11年のパリ万博に出品。この経歴を受けて明治23年7月に東京美術学校雇いとなり、漆工科の最初の基礎をつくったが、翌年5月に病で没する。俳諧が趣味であったというがこの作品にもその趣向が現れている。(執筆者:横溝廣子 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)