フランスおよびナバラ王妃
1783年5月31日、王妃のお気に入りであるエリザベート・ヴィジェ=ルブランは、ライバルであるアデライド・ラビーユ=ギアールと同時に王立絵画彫刻アカデミーの会員となります。同年、サロンに初出展。ヴィジェ=ルブランはとりわけ「ローブ・アン・ゴール」を纏った王妃の新作肖像画を発表します。服飾デザイナーであるローズ・ベルタンによりパリのファッション界に取り入れられたこのモスリンドレスは、王妃が宮廷から離れ、小トリアノンで過ごす際のお気に入りの装いでした。が、サロンの見学者たちはこの肖像画に衝撃を受けます。彼ら曰く、王妃の地位に求められる服装ではないとのこと。肖像画はこうして即座に取り外されてしまいました。ヴィジェ=ルブランはサロン終了前に展示できるよう、早急に2枚目の肖像を作成します。今回はブルーグレーシルクの正統派ドレスを着用した王妃。リヨンの絹織物製造業者たちを陰ながら支持するマリー・アントワネットを強調しています。この2枚目の肖像画は大きな成功を呼びます。複数の複製が制作され、そのひとつはヴェルサイユ宮殿に保管されています。