この作品では、日本絵画が伝統的に重視してきた墨による線描の代わりに、ぼかしによる色彩の広がりでものの形が表されています。この画風は、発表された当初、「朦朧体」「化物絵」と非難されましたが、逆に、墨の線を捨てたことにより、画面にはみずみずしい空気が満ち、春霞にぼんやりとかすむ月下の情景が見事に表されています。大観がこうした作品を描いた背景には、当時洋画界に新風を吹き込んでいた白馬会の外光表現からの刺激や、流動するものこそ東洋精神の精髄が宿るとする、日本美術院の指導者岡倉天心の考え方があったと思われます。湿った空気が画面内に充満し、揺れ動くさまは、西洋化と東洋的アイデンティティ保持の間で揺れ動く近代日本画の模索の跡そのものなのです。