写実的に描かれた2匹の黒猿が淡彩で描かれた樹木の上に乗る。簡潔な構図で、猿の姿勢と樹木のねじれが空間を生み出している。
画題のとおり2匹の黒猿を描いた作品で、樹上の猿という主題は中国絵画の伝統にさかのぼる。作者の父は明石藩の儒学者。幼少の頃から父に漢学を学び、絵画を京都の竹内栖鳳に師事した作者は、中国古典や東洋絵画に精通していた。なかでも動物を描くことを得意とし、四条派の写生を基礎としつつ南画風の主題を描き、独特の画風を確立させた。晩年のこの作品は作者の個性をよく示す秀作のひとつ。手前の猿の顔を画面中心に置き、左足から右手が対角線上に延びて、樹木はほぼ全て画面右下に配されている。猿の右手は何かを求めるかのように画面左上の空を切り、この空間を意味づけるためにはこれだけの画の大きさが必要だったろう。作者は、当時の日本画が少なからず影響を受けた西洋的な遠近表現とは異なる次元で、猿と樹だけの構図の妙で、精神的に奥の深い空間表現を達成している。(執筆者:薩摩雅登 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)