大鎧(おおよろい)を着て黒馬に跨がり、右手に抜き身の大太刀をもって肩に担ぎ、左手で手綱をとる武将を無背景に描いている。兜(かぶと)は被らず、髪を振り乱して、箙(えびら)の矢が折れた姿で乗馬している。前方を見据える大きな目は鋭く、武具は細部まで緻密に表現され、彩色も美しい。黒馬が腰を落として前足を挙げ、たてがみが目にかかる様は動勢に満ちている。制作途中に、左手に掛けられていた弓が消されたことが、修理中に判明している。
礼拝の対象となる肖像画は静止的に描かれるのが常であるが、本図は絵巻の合戦場面から抜け出してきたかのようであり、戦場で獅子奮迅する姿であろう。
像の頭上には室町幕府第2代将軍足利義詮(あしかがよしあきら)の花押が書かれているので、義詮の没年である貞治6年(1367)以前の制作と知れる。甲冑を着て騎馬姿で描かれる武家肖像画の最初期の遺例であるが、後に定型化する姿とは全く異なっており、この種の武家肖像画の成立の事情を暗示している。
松平定信の編纂による『集古十種』(寛政12年<1800>序文)に掲載された足利尊氏像と酷似することから足利尊氏像とされてきた。その後、腰に吊す太刀と馬具の鞖に輪違が描かれ、高家の家紋が輪違紋であること等から、像主が高師直(こうのもろなお)、あるいはその子師詮ではないかとする説が提示されているが、いずれも確定していない。